2001年に世界遺産暫定リスト入りした「平泉の文化遺産」の世界遺産登録の実現性が高くなった。世界遺産登録の試金石となる専門機関イコモスの「評価レポート」の結論として、6月にパリで開催される世界遺産委員会へ「登録」勧告をしたことがその根拠である。
これまでに開催された世界遺産委員会で、イコモスが「登録」勧告とした候補物件が落選した事例はきわめて例外的で稀であるからだ。3月11日の東北大震災によって、中尊寺、毛越寺、無量光院跡などの登録資産に壊滅的な被害がなかったことが、なによりも、不幸中の幸いであった。
今回の日本の東北大地震による大津波による被害については、国際的な同情もあり心情的には追い風になっているのは事実であるが、「平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-」が、ユネスコの世界遺産にふさわしい「顕著な普遍的価値」を有しているかどうかその真価が問われたのは真実である。
「平泉」の世界遺産登録が実現すれば、暫定リスト入りから起算しても実に10年以上の歳月を要したことになる。この間に「登録延期」に伴うコンセプトの変更や改善措置など紆余曲折のプロセスもあったが、最善を尽くされた関係者の地道な努力に敬意を表したいと思う。
先回の「平泉-浄土思想を基調とする文化的景観」は、「浄土思想」という仏教思想の概念について、専門機関のイコモス、それに、世界遺産委員会の委員国においての共通の理解と認識が不十分であったことが敗因の一つであった。
今回は、「平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-」とコンセプトを変更しての再チャレンジとなった。
その結果、中国、韓国、タイなど他の仏教国の仏教思想との違いや戦争のない平和な理想郷である「浄土」を表す建築や庭園及び考古学的遺跡群の代表性や独自性が理解されたのだと思う。
それに、先回の課題でもあったコアゾーンとバッファーゾーンの境界の明確化などの改善措置も講じられ、世界遺産の登録要件を、ほぼ完全に満たしたからだと判断される。
北海道・東北地方初の世界文化遺産の誕生は、「北海道・北東北の縄文遺跡群」の世界遺産登録の実現にも弾みがつくものであり、これまでに平泉町や岩手県に蓄積された知恵やノウハウが今後も生きると思う。
ユネスコの「世界遺産リスト」への登録は、ゴールではなく、恒久的な保存に向けてのスタートであり、世界遺産登録後は、人類共通の財産として、世界に開かれた教育、観光、地域づくりなどの分野にも、積極的に利活用していくべきだと思う。
「平泉」の世界遺産登録は、自然災害によって、皮肉にも、「浄土」とは対照的な光景となった東北地方の被災地の復興・再生に向けて、大変大きな意味をもっている。
なかでも、中尊寺は、必然的に、被災者の冥福と人類の平和や安全を祈願する神聖な希望の光を放つ寺院として、毛通寺庭園などは、静謐(せいひつ)な仏国土(浄土)の世界を具現化した日本庭園として、それに、岩手県平泉町は、世界遺産地としての新たな使命と役割を担うことになる。
「平泉の文化遺産」は、実質的に、世界的な「顕著な普遍的価値」を有する世界遺産として、世界の各地から多くの人が訪れる「希望の聖地」となることだろう。
2011年5月8日 世界遺産総合研究所 所長 古田陽久(ふるたはるひさ)
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