ヒロシマの被爆作家による原爆文学資料を世界記憶遺産に!





 昨今は「遺産」ブームで、各分野を代表する「遺産」が選定・登録されている。「世界記憶遺産」は、「世界遺産」、「世界無形文化遺産」と共にユネスコが所管する三大遺産事業の一つであり、それぞれの遺産事業の目的、対象、仕組みなどの違いや共通点も認識しておかなければならない。

 「世界遺遺」(2015年5月現在 1007件)は、「広島の平和記念碑(原爆ドーム)」(1996年)、「厳島神社」(1996年)、「富士山―信仰の対象と芸術の源泉―」(2013年)、「富岡製糸場と絹産業遺産群」(2014年)など18件が登録されており、現在、「明治日本の産業革命遺産」の登録可否が注目されているが、登録がゴールではなく、世界遺産登録後も、あらゆる脅威や危険から守っていかなければならない。

 広島市内には、「原爆ドーム」のほかにも被爆建物が残っており、旧広島陸軍被服支廠などの被爆建造物群、平和記念公園、カトリック幟町教会の世界平和記念聖堂などを構成資産に加えた世界遺産の登録範囲の拡大をはかると共に原爆資料館にある「被爆関連資料」なども「世界記憶遺産」に登録するなど重層的な保存措置を講じていくべきである。

「世界無形文化遺産」(352件<その内 緊急保護38件>)は、グローバル化により失われつつある多様な文化を守るため、口承による伝統及び表現、伝統芸能、社会的慣習、儀式及び祭礼行事、自然及び万物に関する知識及び慣習、伝統工芸技術など無形文化遺産尊重の意識を向上させ、その保護に関する国際協力を促進するのが目的で、「和食」(2013年)、「和紙」(2014年)、それに「壬生の花田植え」(2011年)など22件が登録されている?。
 

 「世界記憶遺産」(302件)は、人類の歴史的な文書や記録など忘れ去られてはならない貴重な記憶遺産で、「山本作兵衛コレクション」(2011年)、「慶長遣欧使節関係資料」(2013年 スペインとの共同登録)、「御堂関白記:藤原道長の自筆日記」(2013年)の3件がこれまでに登録されているが、地球上のかけがえのない自然遺産と人類が残した有形の文化遺産である「世界遺産」、人類の創造的な無形文化の傑作である「世界無形文化遺産」と共に、消滅、或は、忘却されることのない様に、あらゆる脅威や危険から保護し、恒久的に保存していかなければならない。 

ユネスコ(国連教育科学文化機関 本部 パリ)は、1992年に、歴史的な文書、絵画、音楽、映画などの世界の貴重な記録遺産を保存し、利活用することにより、「世界記憶遺産」を保護し、促進することを目的とした、「世界の記憶」プログラム(Memory of the World Programme)を開始した。

この「世界記憶遺産」(Memory of the World 略称:MOW)のプログラムの目的は、ユネスコ加盟国が自国の記憶遺産についての認識を高め、自国の記憶遺産を保護する上で、国、団体、国民の記憶を呼び起こすと共に、世界的に、または、国単位で、地域的に意義のある記憶遺産の保存を奨励し、記憶遺産ができるだけ多くの人に利用できるようにすることと、コンパクト・ディスク、ウェブサイト、アルバム、本、ポストカードなどの媒体を通じて、「世界記憶遺産」の概念のPRを促進することなどである。

このプログラムの事務局は、ユネスコ本部の情報・コミュニケーション局知識社会部ユニバーサルアクセス・保存課が担当している。

 世界史において重要な意義を有する「世界記憶遺産」は、国際諮問委員会(略称IAC ユネスコ事務局長が指名した14名の有識者から構成)で選定される。国際諮問委員会は、これまでに、19939月、ポーランドのプウトゥスクを皮切りに、二年に一度各都市で開催されてきた。

 「世界記憶遺産」には、これまでに、中国の「清内閣秘本書類」、韓国の「朝鮮王朝儀軌」、英国の「マグナ・カルタ」、フランスの「人間と市民の権利の宣言」、ドイツの「ベートーヴェンの交響曲第九番ニ短調作品125」、「ゲーテ・シラー資料館のゲーテの直筆の文学作品」、「グリム兄弟による子供と家庭のための童話」、オランダの「アンネ・フランクの日記」、デンマークの「ハンス・クリスチャン・アンデルセンの直筆文書と通信文」、スウェーデンの「ノーベル家族の記録文書」、ノルウェーの「ヘンリック・イプセン:人形の家」、カナダの「インスリンの発見」、ブラジルの「オスカー・ニーマイヤーの建築アーカイヴ」、それに、オランダ、インド、インドネシア、南アフリカ、スリランカの複数国5か国にまたがる「オランダ東インド会社の記録文書」などが「世界記憶遺産リスト」に登録されている。

 日本の「世界記憶遺産」は、20115月に英国で開催された第10回国際諮問委員会マンチェスター会議において「山本作兵衛コレクション」が、日本初の「世界記憶遺産」として登録された。

 「山本作兵衛コレクション」は、筑豊の炭坑(ヤマ)の文化を見つめた絵師・山本作兵衛(18921984年 福岡県飯塚市出身)の墨画や水彩画の炭坑記録画、それに、記録文書などの697点で、田川市石炭・歴史博物館、福岡県立大学附属研究所(福岡県田川市)に、保管・展示されている。

 そして、20136月に韓国で開催された第11回国際諮問委員会光州会議では、日本政府の推薦では初めてとなる、支倉常長がヨーロッパから持ち帰った遺品である仙台藩の日欧交渉を伝える「慶長遣欧使節関係資料」(国宝 仙台市博物館所蔵 スペインとの共同登録)、それに、世界最古級の自筆日記である藤原道長の「御堂関白記」(国宝 陽明文庫所蔵)の2件が「世界記憶遺産」に登録された。

 今年2015928日~30日にアラブ首長国連邦で開催される第12回国際諮問委員会アブダビ会議では、87件の候補がノミネートされており、日本関係では、京都の東寺(教王護国寺)に伝来した約25千通の中世史や仏教史をひもとく貴重な史料である「東寺百合文書」(国宝 京都府立総合資料館所蔵)、京都府舞鶴市が「舞鶴への生還」(舞鶴引揚記念館所蔵)の登録が期待されている。

また、2017年の第13回国際諮問委員会以降の登録をめざしている(公財)奈良人権文化財団及び崇仁自治連合会による「全国水平社創立宣言と関係資料」、鹿児島県南九州市の「知覧特攻遺書」(知覧特攻平和会館所蔵)、広島文学資料保全の会による「ヒロシマの被爆作家による原爆文学資料」、熊本県水俣市立水俣病資料館の語り部の会による「水俣病の関係資料」、群馬県高崎市にある古代の石碑群「上野三碑(こうずけさんぴ)」、山口県周南市の大津島で、太平洋戦争末期に使われた特攻兵器「人間魚雷」に関わった隊員の遺書や遺品、それに、別枠になるが、長崎県対馬市などと韓国・釜山文化財団との共同申請による「朝鮮通信使」に関する歴史資料などが続々と「世界記憶遺産リスト」への登録を検討・準備しており、全国的な関心が高まっており、競争が激化している。

広島文学資料保全の会による「ヒロシマの被爆作家による原爆文学資料」、は、原爆と向き合った詩人・栗原貞子(19132005年 「生ましめんかな」など)の直筆の創作ノート(B5判約30頁 広島女学院大学図書館が所蔵)、小説家・原民喜(19051951年)の「夏の花」の執筆のもとになった彼の原爆被爆時の手帳ノート(縦13cm、幅7cm 約40頁 原爆資料館が保管)、詩人・峠三吉(19171953年)の「原爆詩集」の直筆最終草稿(B441頁 原爆資料館が保管)からなる。

日本ユネスコ国内委員会は、国際登録の候補を選考するにあたって、国内公募を行い、ユネスコ記憶遺産選考委員会での事前審査を経てユネスコに提出される。

 登録申請者(国、地方自治体、団体、個人のいずれでも可能であったが、日本の場合は、日本ユネスコ国内委員会が窓口になる)は、ユネスコに登録推薦書類を提出(2年に1回、1か国につき2件までの制限)、登録推薦書類に不備がなければ、登録推薦書類の評価を行う登録分科会(国際諮問委員会、或は、ビューローによって指名された議長と専門家から構成)に移管される。

登録分科会は、通常会合の少なくとも1か月前に、国際諮問委員会に評価レポート(「登録」或は「却下」について、理由を付して勧告)を提出、国際諮問委員会の決議を踏まえ、最終的には、ユネスコ事務局長が決定、その結果を登録申請者に通知、メディアに公表という手順になる。

 「世界記憶遺産」の選定基準は、第一は、真正性、すなわち、複写、模写、偽造品でないかの確認、第二は、独自性と非代替性、第三は、基準① 年代(例えば、最初の)、基準② 場所(例えば、発祥の)、基準③ 人物(例えば、傑出した)、基準④ 題材・テーマ(例えば、画期的な)、基準⑤ 形式・様式(例えば、ユニークな)のうち一つ以上の基準を満たす必要がある。最終的には、希少性、完全性、劣化などの脅威、適切な管理計画などが考慮される。

 「世界記憶遺産」は、世界史、人類史上においても極めて重要な「世界の記憶」であり、今後、この分野の関心の広がりと研究の深化が期待される。

 「ヒロシマの被爆作家による原爆文学資料」は、世界遺産リストに登録されている「広島平和記念碑(原爆ドーム)」(世界文化遺産 1996年)ともかかわりの深いものであり、「世界的な重要性」や「世界への影響力」も十分に認められる。

 後世が、決して忘却してはならない、また、二度と繰り返してはならない、人類の「負の遺産」ともいえる原子爆弾による惨禍や惨状を文章や詩で表現、ノートに記録した代表的な三人の被爆作家の貴重な手稿であり、まだない「原爆文学資料館」(仮称)での一体的な所蔵管理など保存のあり方なども含めて、劣化させてはならないものである。

 「ヒロシマの被爆作家による原爆文学資料」は、名簿、文書、新聞、印刷物、地図、文学、絵画、写真、音楽、記念碑、碑文など広義の「ヒロシマの被爆関連資料」でもあり、「世界の記憶」として、人類が共感できる意義ある記録遺産である。 

 今年2015年は、戦後70年(被爆70年)、社会的、精神的、コミュニティ的な重要性からも、「広島の被爆作家による原爆文学資料」をユネスコの世界記憶遺産に登録する意義や意味は大きい


本稿は、2015613日(土)にYMCA2号館コンベンションホールで開催されたシンポジウム「被爆作家による原爆文学を世界記憶遺産に」(主催 広島文学資料保全の会)でのパネリスト、古田陽久の講演並びに発言の内容を要約したものです。





2011年ユネスコ記憶遺産登録>

 

山本作兵衛コレクション  

<福岡県田川市、田川市石炭・歴史博物館、福岡県立大学附属研究所>

 

 

2013年ユネスコ記憶遺産登録>

 

御堂関白記入:藤原道長の自筆日記  

<京都市右京区、陽明文庫>

慶長遣欧使節関係資料 

<宮城県仙台市青葉区仙台市博物館>

 

 

2015年ユネスコ記憶遺産登録候補>

 

東寺百合文書  

<京都市、京都府立総合資料館、東寺>

舞鶴への生還-シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録 

<京都府舞鶴市、舞鶴引揚記念館>

 

 

2017年ユネスコ記憶遺産登録対象/2015年ユネスコ記憶遺産国内公募申請 16件>

 

❶伊能忠敬測量記録・地図  

<千葉県香取市>

❷黄檗版大蔵経版木群 

<京都府宇治市、宗教法人萬福寺>

❸菊陽町図書館少女雑誌村﨑コレクション  

<熊本県菊陽町図書館>

❹上野三碑<群馬県高崎市、上野三碑世界記憶遺産登録推進協議会>

❺国宝 紙本著色北野天神縁起八巻附紙 本墨画同縁起下絵一巻、梅樹蒔絵箱一合 

<京都市、北野天満宮>

❻重要文化財 徳川家康関係資料 洋時計(革箱付)

<静岡市、宗教法人久能山東照宮>

❼信長公記 

<京都市、建勲神社、織田裕美子>

杉原リスト-1940年、杉原千畝が避難民救済のため人道主義博愛精神に基づき大量発給した日本通過ビザ発給の記録<岐阜県八百津町>

❾全国水平社創立宣言と関係資料 

<崇仁自治連合会、公益財団法人奈良人権文化財団>

❿智証大師円珍と唐代の過所 

<滋賀県大津市、宗教法人園城寺>

⓫知覧に残された戦争の記憶 ―1945年沖縄戦に関する特攻関係資料群―

<鹿児島県南九州市>

⓬東慶寺文書

<神奈川県鎌倉市、宗教法人東慶寺>

⓭広島の被爆作家による原爆文学資料――栗原貞子「あけくれの歌(創作ノート)」、原民喜「原爆被災時の手帖」、峠三吉「原爆詩集(最終稿)」 

<広島市、広島文学資料保全の会>

⓮普勧坐禅儀(付 普勧坐禅儀撰述由来)

<福岡県永平寺町、大本山永平寺>

⓯水戸徳川家旧蔵キリシタン関係史料

<東京都世田谷区、公益財団法人徳川ミュージアム>

⓰水戸徳川家旧蔵『大日本史』編纂史料 

<東京都世田谷区、公益財団法人徳川ミュージアム>

 

 

<今後のスケジュール>

 

20156月  ユネスコ記憶遺産選考委員会で2017年登録対象の候補の国内公募。

20159月24日  ユネスコ記憶遺産選考委員会で2017年登録対象の候補の選定決定。2件まで)

2015104日~6日 第12回ユネスコ国際諮問委員会アブダビ会議

20163月  ユネスコへ2017年登録対象の国内推薦の申請書提出。

20176月  ユネスコ記憶遺産選考委員会で2019年登録対象の候補の国内公募。

20179月  ユネスコ記憶遺産選考委員会で2019年登録対象の候補の選定決定。

2件まで)

2017年夏頃  2017年登録対象、第13回ユネスコ国際諮問委員会による審査、

登録可否決定。      

20183月  ユネスコへ2019年登録対象の国内推薦の申請書提出。

20196月  ユネスコ記憶遺産選考委員会で2019年登録対象の候補の国内公募。

20199月  ユネスコ記憶遺産選考委員会で2019年登録対象の候補の選定決定。

2件まで)

2019年夏頃  2019年登録対象、第14回ユネスコ国際諮問委員会による審査、

登録可否決定。





シンポジウム   古田陽久



シンポジウム 古田陽久



参考文献
世界の記憶遺産60  幻冬舎
世界遺産データ・ブック 2015年版
世界無形文化遺産データ・ブック 2015年版

世界記憶遺産データ・ブック 2015~2016年版

世界記憶遺産データ・ブック 2012年版
世界遺産ガイド -ユネスコ遺産の基礎知識-
世界遺産入門 -平和と安全な社会の構築-
誇れる郷土データ・ブック -地方の創生と再生 -2015年版












世界遺産と総合学習の杜に戻る
出版物ご購入のご案内に戻る
出版物のご案内に戻る
シンクタンクせとうち総合研究機構のご案内に戻る
世界遺産総合研究所のご案内に戻る

世界遺産情報館に戻る
 
誇れる郷土館に戻る