各 位
2011年は、当シンクタンク、そして世界遺産総合研究所にとって、例年になく、静かな一年でしたが、記念すべき節目の年でもありました。
一つは、出版活動です。紙媒体での出版は、企画、取材、整理、編集、印刷、製本、流通と読者に届くまでに、多くの手間と多くの人のご協力がなければ成り立ちません。デジタル化の進行で、出版流通にも大きな変化が起こりつつあります。本が売れない時代になりました。パソコン、携帯電話、インターネットの普及で、ニュースなど様々な情報を新聞や書籍を読まなくても見ることが出来る様になったからです。こうした環境の中で生まれたのが「世界記憶遺産データ・ブック」です。
今回は、世界記憶遺産の仕組み、世界記憶遺産リストに登録されている日本の「山本作兵衛コレクション」など245件の世界記憶遺産など、ユネスコの世界記憶遺産プログラムの全体像を明らかにすることが目的でしたが、発刊までに数年の長い歳月を要しました。関係者の皆さんのご協力もあって実現したもので、改めて感謝の意を表したいと思います。
二つは、これまでに撮りだめてきた「世界遺産写真展」です。2010年は、岩手県の一戸町で実施致しました。2回目となる2011年は、4月12日から6月5日まで、大阪府堺市の大阪府立大型児童館ビッグバンでの開催となりました。ここでは、2005年の9月10日から10月30日まで「日本と世界の世界遺産展」を開催したことがあり、2度目となりました。第3回目は、11月3日の文化の日に、社団法人射水青年会議所の主催で、富山県の射水市高周波文化ホール(旧新湊中央文化ホール)で、第4回目は、11月19日から23日まで、「宗像・沖ノ島と関連遺産群」世界遺産推進会議(福岡県・宗像市・福津市)の主催で、福岡県福岡市中央区天神のアクロス福岡2階の交流ギャラリーで開催できました。こうした行政や企業との協働活動は、今後も継続して実施していきたいと考えています。
三つは、1997年5月15日にホームページを開設以来、地味ながらも、継続・更新してきた私共のホームページに国内外からアクセスしてくださった数が、2011年の年初に1,000,000に達しました。年末のカウント数が、1,139,000ですから、1年間に約14万のアクセス数があったことになります。これに伴って、広告を掲載してくださる企業等も増えてまいりました。公序良俗に反する広告では困るのですが、教育、観光・旅行、イベント、まちづくりの関係のものについては、歓迎したいと思います。
四つは、国際会議への参加です。世界遺産関係は、昨年のブラジリアに引き続いて、第35回世界遺産委員会パリ会議に、世界無形文化遺産については、第6回無形文化遺産委員会バリ会議に、それぞれオブザーバー・ステイタスで参加できたことです。世界遺産関係については、新たに「世界遺産リスト」入りした「小笠原諸島」(東京都小笠原村)、「平泉−仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群−」(岩手県平泉町)、それに、残念ながら「登録延期」決議となった日本の「国立西洋美術館本館」(東京都台東区)を含む「ル・コルビュジェの建築作品−近代建築運動への顕著な貢献−」、世界無形文化遺産関係については、新たに「代表リスト」入りした「壬生の花田植」(広島県山県郡北広島町壬生)、「佐陀神能」(島根県松江市鹿島町)、それに、残念ながら「情報照会」決議となった「本美濃紙」(岐阜県)、「秩父祭の屋台行事と神楽」(埼玉県)、「高山祭の屋台行事」(岐阜県)、「男鹿のナマハゲ」(秋田県)の審議の様子を実見しました。
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五つは、海外の世界遺産、世界無形文化遺産、世界記憶遺産の視察です。今年は、6回海外に出ました。1月にスペイン、2月に英国、3月に中国、6月にタイ、フランス、11月には台湾、インドネシア、12月はドイツ、オーストリアです。同じ世界遺産地等でも、春、夏、秋、冬の季節が異なる時期では、まちの風景や行事にも違いがあります。また、「ヨーロッパ」と「アジア」の文化の比較、それに、世界遺産の数が上位にある国、イタリア、スペイン、中国、フランス、ドイツ、英国の世界遺産研究も意識的に行なう様にしています。また、これらに続いて、メキシコ、インド、ロシア、アメリカ合衆国にも意を注いでいきたいと考えています。
六つは、国内の世界遺産地、候補地等の視察です。9月は「古都京都」、12月には世界遺産登録を実現した「平泉」の世界遺産登録地をはじめ、4月の「鹿児島の産業遺産群」と「肥薩鉄道」、6月の世界記憶遺産「山本作兵衛」のふるさと筑豊地方、7月の「北海道の縄文遺跡群」と「函館」、9月の近代化産業遺産群も残っている「城下町萩」、10月の「武家の古都鎌倉」、11月の「城下町金沢」と「近世高岡」などの世界遺産候補地を訪れました。なかでも、6月に世界遺産登録を実現した「平泉」については、途上の東北新幹線の車窓から見る光景は、3月11日の東北大震災・大津波の自然災害と2次災害となった原子力発電所の人為災害の影響もあってか寒々とした荒涼としたものでした。最寄りの一関駅と現地の平泉も人影はまばらでしたが、義経終焉の地とされ、また、俳人松尾芭蕉が名句「夏草や
兵共が 夢の跡」を詠んだ高館からの北上川や束稲山の風景も圧巻でした。芭蕉は、この高館に立ち、眼下に広がる夏草が風に揺れ光る様を眺めて、100年にわたり平泉文化を築き上げた奥州藤原氏の栄華や、この地に散った義経公を思って、この句を詠んだのでしょう。
七つは、社会情報総合研究所では、毎月1回の連載を担当しました。媒体は、日本政策金融公庫の「調査月報」で、「データで見るお国柄」というコーナーで、次のデータを取り上げさせていただきました。同じ国でも、地域性や県民性に違いがあることを再認識した次第です。
2011年4月 第1回 北海道 −食料自給率−
2011年5月 第2回 奈良県 −世界遺産の数−
2011年6月 第3回 岡山県 −ワイシャツの生産額−
2011年7月 第4回 富山県 −図書館設置率−
2011年8月 第5回 山梨県 −ワイン生産量−
2011年9月 第6回 佐賀県 −シリコンウエハーの出荷額−
2011年10月 第7回 愛知県 −製造品出荷額等−
2011年11月 第8回 東京都 −インターネット普及率−
2011年12月 第9回 秋田県 −国指定重要無形民俗文化財−
(2012年1月 第10回 高知県 −人口10万人当たり病床数−)
(2012年2月 第11回 岩手県 −生うるしの生産量−)
(2012年3月 第12回 京都府 −大学進学率−)
八つは、今年の主要論文は、全国市議会議長会・全国町村議会議長会の機関誌、月刊「地方議会人」2011年9月号で、「世界遺産を活用した地域振興−『世界遺産基準』の地域づくり・まちづくり−」を、エッセイでは、月刊中国NEWS 2011年8月号で、「中国から世界遺産を学ぶ」を、論稿では、岩手日報日報論壇で、「平泉の文化遺産 世界遺産登録は出発点」(2011年5月14日)を発表致しました。
以上が、2011年の当シンクタンク、そして、世界遺産総合研究所、社会情報総合研究所の主なトピックスです。
私事では、2009年には、コンピューターに長時間向き合っていることが原因だと思われる視力低下や高血圧等による健康不安、2010年には、最愛の母の死による仏事や実家の整理等で、実質的に仕事に取り組めない状況が長く続きましたが、パートナーがその分をカバーし支えてくれました。こうした難局を乗り越えて、2011年4月に還暦を迎え、心機一転、健康と元気を回復することが出来ました。
さて、2012年は辰年、果たしてどんな年になるのでしょうか。2012年も時間の許す限り、地球的、人類的な視野に立って、世界の時流を読みつつ、世の中に役立つシンクタンクの舵取りを世界遺産総合研究所を中心に展開していきたいと考えています。長期的には30年、中期的には10年を視野に入れて、これまでに蓄積してきた知識と経験の集大成と利活用、応用と発展が課題です。
昨年も書きましたが、世界の各地を歩いてみて思うことは、ここ10年、日本の国力や国際競争力が急速に低下している事を色々な面で感じます。政治や指導者の責任かもしれませんが、あらゆる分野において、相当、気を引き締めていかないと、これからの10年は、見通しの甘さ、放漫、行き詰まり、債務超過、破綻、中止・廃止・閉鎖、混乱、敗戦処理など負のスパイラル現象が露呈、表面化し、国をはじめ、地方自治体、企業、大学などの経営破綻が相次ぐのではないかと、大変、危惧しています。2010年のJAL(日本航空)、2011年の原発事故による東京電力などがその例に挙げられます。なかでも、最も警戒しなければならないのは、米国やEUの財政危機、破綻に伴う日本の国家財政への影響です。
国とは何なのか、領土問題、国防のあるべき姿、国家財政の健全化、国際援助の見直し、政権を担う当事者は、もっと真摯に真剣に取り組まないと、わが国は取り返しのつかないことになるのではないかと大変憂慮しています。団体主義的風土が陥りやすい意思決定のメカニズムの弊害が様々な局面で露呈し迷走しています。
ユネスコの「世界遺産」については、その人気も既にピーク・アウトし、今まさに、ソフト・ランディングに向けて、収束、収斂しつつある様にも思われますが、2012年は、ユネスコの世界遺産条約採択40周年、日本の世界遺産条約締約20周年を迎える節目の年になり、将来的な方向性について道筋をつけなければなりません。2013年の日本からの世界遺産候補である「富士山」と「武家の古都鎌倉」の登録も実現しなければなりませんが、世界無形文化遺産や世界記憶遺産の分野への関心も広める啓発活動も必要だと考えています。
世界遺産条約の目的は、かけがえのない世界遺産を、あらゆる脅威や危険から守っていくこと、また、その為の国際的な援助の体制をつくっていくことも大切なのですが、文化財の保存や修復など理工学的なアプローチに傾斜し過ぎている様に思います。 自然遺産や文化遺産への脅威や危険、これらへの対策については、科学的な知見も重要なのですが、人為的な脅威や危険については、政治や経済など社会科学的な見地からのアプローチが最も重要であり、地球と人類の遺産を守っていく仕組み、メカニズムなどパラダイムを転換していかなければならないと思います。
2012年は、異文化である「洋の文化」、日本独自の「和の文化」、そして、「和様折衷の文化」などその違いや類似する点などを考える文化空間を創出し、固定観念や先入観にとらわれない「交流」と「対話」を重ねていきたいと考えています。また、2011年12月に、「世界記憶遺産データ・ブック」を発刊したことを契機に、人間、人類、世界、地球などの「記憶」や「記録」についても、いろいろ考えてみたいと思います。
なにはともあれ、健康が第一、無理をせず、自然体で事に臨んでいきたいと考えています。引き続きご支援をお願い致します。
2011年12月吉日
古田 陽久
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