「知床の世界遺産登録に関するIUCNから環境省への照会」に関する私見について













                              2005年2月24日




                     

                       世界遺産総合研究所 所長 古田陽久


 IUCNから環境省への2005年2月2日付けの照会については、いろいろ憶測されていますが、当方の私見としては、2004年12月13日〜17日に開催されたIUCNの評価委員会での検討の結果、ユネスコへのIUCNの評価報告書の結論として、現状、(C)照会することが必要な物件として勧告されることが推測されます。

 その理由は、先回、環境省がIUCNに回答した「多様型統合的海域管理計画」の策定だけでは、知床を世界遺産にする為の自然遺産の登録基準のクライテリアの適用について、全ての完全性(Integrity)の条件を満たさないということです。

 すなわち、日本政府からの推薦書類で、知床は、適合する登録基準(申請時)として、
(ii)、(iii)、(iv)の3つが該当するとしていますが、
(ii)陸上、淡水域、沿岸・海洋生態系、動・植物群集の進化や発展において、進行しつつある重要な生態学的・生物学的過程を代表する顕著な例であること
(iv)学術上、或は、保全上の観点から見て、顕著な普遍的価値を有する、絶滅危惧種を含む野生状態における生物多様性の保全にとって最も重要な自然の生息・生息地を含むことの登録基準を適用する際の完全性の条件を満たしていないという指摘です。
 
 IUCNとしては、回答期限(遅くとも2005年3月末日)までに、その完全性を満たす内容の公式回答を日本政府からIUCNではなく、直接、ユネスコ世界遺産センターのフランチェスコ・バンダリン所長にすることを要求しています。

 ユネスコ世界遺産センターは、世界遺産委員会の事務局ですから、「IUCNの評価報告書では、(C)になっているが、その後日本政府からこの様な内容の回答が寄せられた」と7月10日〜16日に南アフリカのダーバン市の国際コンベンション・センターで開催される世界遺産委員会での知床の審議の際に、ユネスコ世界遺産センターのフランチェスコ・バンダリン所長から報告されるものと思われます。

 こうした状況の中で、南アフリカのセンバ・ワカシェ(Mr.Themba Wakashe)議長の下に、知床を世界遺産リストに登録するべきかどうか、△アルゼンチン、中国、○コロンビア、エジプト、○レバノン、○ナイジェリア、オーマン、○ポルトガル、ロシア連邦、セントルシア、◎南アフリカ、イギリス、チリ、ベニン、インド、日本、クウェート、リトアニア、○ニュージーランド、オランダ、ノルウェーの21か国の世界遺産委員会の委員による審議が行われます。
◎ 議長国、○副議長国、△ラポルトゥール(書記国)
 
 もし、仮に意見が割れた場合は、「世界遺産委員会の手続き規則」にもとづいて、三分の二の多数決で、採決されることになります。
 
 現実問題として、IUCNの回答期限までに、完全性を満たす、また、これを証明する回答を日本政府が示せるかどうかについては、『将来的に、海洋保護区を設定する為の「海洋保護法」(Marine Reserves Act)、或いは、「海洋生物保護法」を新たに制定し、「知床海洋保護区」、或は、「知床海洋生態系保護区」、或は、「オホーツク海海洋保護区(海洋生態系保護区)」の設定を図りたい』と言った明確な法的担保措置を講じる旨の回答であれば、知床は世界遺産に登録されるものと思われます。
 
 しかしながら、日本政府から先回の様に明確な確約が得られないならば、世界遺産委員会においても、(c)検討を延期する物件、或は、(d)新たな情報を得る為、推薦国に再照会するころが必要な物件としての結論に達する可能性があります。
 
 もし、結果的にその様になりますと、登録準備段階にある、「小笠原諸島」や「琉球諸島」についても、同様に、海洋保護のあり方が問われる懸念があり、何としても、今回、知床を世界遺産にしておきたいというのが環境省の思いだと思います。
 
 その為には、その場しのぎではなく、国際的な海洋保護の高まり、1961年に設立された世界最大の民間自然保護団体WWF(World Wide Fund For Nature)が選んだ「エコ200」のエコ・リージョン(Eco-region)の考え方、また、生物多様性国家戦略の視点からも、海洋国家日本にとって、面的、或は、広域的に、新たに、「海洋保護法」、或いは、「海洋生物保護法」の立法、制定を真剣に考える必要があるのではないかと思います。

 2004年11月にタイのバンコクで開催されたIUCNの「世界自然保護会議」(4年に1回開かれるIUCNの総会)でも、世界的な海洋保護のあり方が重要なテーマになりました。「世界自然保護会議」の最終日には、これまで自由な漁業が認められている「公海」(外洋)においても無秩序な乱獲(Over fishing)を防ぐため、自然保護区を実現させるとの決議を採択したことから、今後、海洋保護地域、或は、海洋保護区(Marine Protected Area、或は、Marine Reserve)の設定は自然保護の最大のテーマになるものと思われます。

 また、わが国は生物多様性条約の締約国(1993年5月)でありながら、これに対応する国内法がありません。既存の「鳥獣保護法」、「種の保存法」等の法律では野生生物のすべてを対象にできないため、わが国の野生生物全体を包括的に保全できる法制度としての「野生生物保護法」の制定も必要なのではないかと思います。  

 例えば、トド(学名Eumetopias jubatus 英名Steller sea lion)を例にとると、国際的には、IUCNのレッド・リストで、絶滅危惧種に指定されています。トドは、日本の法律では、不思議なことに、農林水産省の「水産資源保護法」(Fisheries Resource Protection Law)で、水産資源としての位置づけでの保護はされていますが、海棲哺乳類としては、環境省の「鳥獣保護法」や「種の保存法」でも保護の対象にはなっていません。この例に見るように、野生生物の保護のあり方や認識にしても、日本と国際的な認識との間には大きなズレがあるのではないかと危惧しています。
 
 今年から、国連の「持続可能な開発の為の教育の10年」(2005〜2014年 ユネスコがリード・エージェンシー)がスタート・アップします。「持続可能な開発」(Sustainable Development)、すなわち、人間の暮らしから開発は切り離せないが、使い果たす、破壊する形の開発から、いつまでも持続できるような、自然や動植物など地球上の全ての生物と共生していける開発・発展が求められています。
 
 わが国の水産業にとっても、世界的な海洋保護の動きは避けて通れない課題であり、海洋生態系の保護、野生生物との共存のあり方についても真剣に考えなければならない時期にある様に思います。
 
 尚、海洋保護に関する法律を有する国としては、オーストラリアの「環境保護と生物多様性保護法」(The Environment Protection and Biodiversity Conservation Act)、ニュージーランドの「海洋保護法」(The Marine Reserves Act)、カナダの「海洋法」(The Oceans Act)、アメリカ合衆国の「海洋生物保護法」(Marine Life Protection Act)等があります。
 
                                   



        以 上








参考文献
世界遺産ガイドー世界遺産条約編ー
世界遺産ガイド −世界遺産の基礎知識−
世界遺産ガイド −図表で見るユネスコの世界遺産編−
世界遺産キーワード事典
世界遺産ガイド −自然保護区編−
世界遺産ガイド −日本編 −2004改訂版
誇れる郷土ガイド −全国47都道府県の誇れる景観編 −
誇れる郷土ガイド −北海道・東北編 −














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