議長国ドイツの裁量で審議をせず 「明治日本の産業革命遺産:製鉄・製鋼、造船、石炭産業」登録決議 平和の大切さを再認識する為の「世界遺産に関するボン宣言」を採択 第39回世界遺産委員会ボン会議 2015 世界遺産は、24増で、1031件(163か国) (自然遺産 197 複合遺産 32 文化遺産 802) 世界遺産初出国は、ジャマイカ、シンガポール 危機遺産は、3増1減で、48物件 2016年の第40回世界遺産委員会の開催国・都市は、トルコのイスタンブール |
毎年開催されるユネスコの世界遺産委員会は、私たち、世界遺産の研究者にとって、新年を迎える様な新たな気持ちにさせられる。 今年2015年は、ユネスコが創立されて70年になる記念の年であり、第39回世界遺産委員会は、6月28日から7月8日(28日は開会式、8日閉会、実質的な審議は、6月29日~7月7日)まで、ドイツのボン(Bonn 人口約31万人)の世界会議センター(WCCB)で開催された。 今年の世界遺産委員会は、開会式での、ユネスコの事務局長イリーナ・ボコヴァ氏のスピーチに象徴される様に「世界遺産は、今、イスラム国などによる攻撃、破壊、盗難の危機にさらされている」とし、これらの脅威や危険からシリア、イラク、イエメン、リビア、マリ、アフガニスタンなどの世界遺産をどう守っていくべきなのか問題提起され、2日目の委員会では、議長国ドイツの緊急発議により、平和の大切さを再認識する「世界遺産に関するボン宣言」(The Bonn Declaration on World Heritage)を採択した。 ボンは、分断時代の1949年から1990年まで、西ドイツの首都であった。また、作曲家ベートーベンの生誕地、シューマンの終焉地としても知られている。 ドイツでの世界遺産委員会の開催は、1995年の第19回世界遺産委員会ベルリン会議以来、2回目である。私は、今年もオブザーバー・ステイタスで参加した。第27回世界遺産委員会から13回目であり、パリ、蘇州、ダーバン、ヴィリニュス、クライストチャーチ、ケベック・シティ、セビリア、ブラジリア、パリ、サンクトぺテルブルク、プノンペン、ドーハ、ボンと世界を一周してきた感がある。 ドイツは、1976年に世界遺産条約を締約(世界で25番目)、世界遺産の数は39件(自然遺産 3件、文化遺産36件)で、イタリア、中国、スペイン、フランスに続いて、世界第5位である。(注)今回の世界遺産委員会で、文化遺産が一件増えて40件になった。また、世界遺産暫定リストには、ナウムブルク聖堂など19件 が登録されている。 世界無形文化遺産については、2013年に無形文化遺産保護条約を締約(世界で153番目)しているが、登録されているものは、まだない。 世界記憶遺産は、「ベルリンの壁の建設と崩壊、及び「2プラス4条約(1990年)に関連する文書」、「ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調作品125」など16件が登録されており、世界第1位である。 今年の世界遺産委員会の委員国は、アルジェリア、コロンビア、ドイツ、インド、日本、マレーシア、カタール、セネガル、セルビア、クロアチア、フィンランド、ジャマイカ、カザフスタン、レバノン、ペルー、フィリピン、ポーランド、ポルトガル、 韓国、トルコ、ヴエトナムの21か国である。 幹事国のビューロー・メンバーは、7か国、議長国がドイツ(議長: Maria Bohmer<マリア・ベーマー>氏)、副議長国は、クロアチア、インド、ジャマイカ、カタール、 セネガルの5か国、ラポルチュール(報告担当国)は、レバノン(報告担当者: M.Hichan Cheaib氏)が務めた。 まず、現在、「危機にさらされている世界遺産リスト」(通称:危機遺産リスト)に登録されている46件の保全管理状況の報告が行われ、改善措置が講じられたものについては、危機遺産リストから外される。 次に、既に「世界遺産リスト」に登録されている物件の保全管理状況の報告(今年は95件)が延々と行われ、脅威や危険から深刻な危機にさらされているものについては、危機遺産リストに登録される。 今回の世界遺産委員会では、コロンビアの「ロス・カティオス国立公園」(Los Katios National Park)が、深刻な危機的状況から脱した為、危機遺産リストから外れ、新たに、イエメンの「シバーム城塞都市」(Old Walled City of Shibam)と「サナアの旧市街」(Old City of Sana'a)、イラクの「ハトラ」(Hatra)の3件が、危機遺産リストに新たに登録された。 日本に関しては、2005年に「世界遺産リスト」に登録され、今年10周年を迎えた北海道の「知床」。ルシャ川において、サケ科魚類の移動と産卵の改善及び漁業者とトドの摩擦対応における進捗状況を含めた世界自然遺産「知床」の保全状況が報告された。 「世界遺産リスト」への新登録については、今年は、36件(含む登録範囲の拡大)が候補にあがり、まだ、世界遺産のないシンガポールやジャマイカからのものが初めて登録された。 この新登録に関する審議は、現地時間の7月3日(金曜日)午前10時から7月5日(日曜日)午後6時30分まで、約3日間(実質審議時間は、約20時間30分)にわたって行われた。 今年の日本からの世界遺産候補、「明治日本の産業革命遺産」(Sites of Japan’s Meiji Industrial Revolution)は、8県11市にまたがり、製鉄・製鋼、造船、石炭産業を中心とする23施設の構成資産からなり、5月5日に専門機関のイコモスの評価の結果が明らかにされ、「登録勧告」がなされていた。 しかしながら、韓国は、戦時中に九州の炭鉱や八幡製鉄所、三菱長崎造船所など7施設に朝鮮半島から約6万人が、1944年9月~1945年3月に強制徴用(動員)され、100人前後が死亡するなどの痛ましい歴史も有する「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録に異議を唱えた。 本件の審議は、現地時間の7月4日(土曜日)に行われる見通しであったが、歴史認識や言葉の解釈(例えば「強制性」や「徴用」<forced to work, forced labor>)の違いなどの溝は深く、二転三転、現地時間7月5日(日曜日)午後3時過ぎに持ち越され、午後3時37分(日本時間の7月5日午後10時37分)に議長国ドイツの裁量で審議を行うことなく全会一致(コンセンサス)が得られたものとして、「明治日本の産業革命遺産-製鉄・製鋼、造船、石炭産業-」として登録決議がなされた。日本の世界遺産では、19件目(文化遺産 15件、自然遺産 4件)である。 しかし、今年2015年は、日韓・韓日国交正常化50周年の記念すべき年であり、「正常化」どころか「異常化」した国際関係を大変憂慮したが、異例、前代未聞の結審となり後味の悪さを残した。 今年の韓国からの世界遺産候補は、「百済の歴史地域群」(Baekje Historic Areas)であった。百済は、建国当初から日本とは友好関係を保ち、仏教その他の大陸文化を日本に伝えた物件であり、日本も積極的に賛意を示し支持した。 世界遺産というと光の部分を見がちだが、陰(影)の部分もあって現在がある。負の部分は、過ちを繰り返してはならないという戒めにもなり決して無視してはならず、情報センターの設置など犠牲者のことを記憶にとどめるガイダンスなど適切な措置を講じる一定の配慮が必要である。 同じアジアの国が、国際舞台で対立する姿は見苦しくお互いの国益を損なうことなく、お互いの国の光になる様に、お互いの候補に賛意を示すエールを交換することで、「日韓・韓日国交正常化50周年」にふさわしい記念すべき世界遺産登録となり慰霊となるモニュメントにするのが望ましいと思った。 また、この第39回世界遺産委員会ボン会議では、「世界遺産条約履行の為の作業指針」(通称:オペレーショナル・ガイドラインズ)の規定の一部が改定(改訂)された。 今回のドイツへの旅の目的は、ユネスコの第39回世界遺産委員会での「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録の審議を見守ることと、コブレンツの「ライン川上中流域の渓谷」(Upper Middle Rhine Valley)、ブリュールの「ブリュールのアウグストスブルク城とファルケンルスト城」(Castles of Augustusburg and Falkenlust at Bruhl)、ケルンの「ケルンの大聖堂」(Cologne Cathedral)、アーヘンの「アーヘン大聖堂」(Aachen Cathedral)、エッセンの「エッセンの関税同盟炭坑の産業遺産」(Zollverein Coal Mine Industrial Complex in Essen)など周辺の世界遺産都市での世界遺産の保護管理状況、それに世界遺産を生かした教育、観光、まちづくりへの取組みのグッド・プラクティスを視察・発見することであった。 そして、エッセンの世界遺産「エッセンの関税同盟炭坑の産業遺産」(Zollverein Coal Mine Industrial Complex in Essen)にも、強制労働を含む「負の歴史」があったことを発見した。二度の世界大戦を通じて、ポーランド、フランス、旧ソ連から多くの市民や捕虜が連行され、過酷な強制労働を強いられたという。 ドイツと日本との時差は、サマータイムで7時間(マイナス)、夜の10時くらいまで昼の様に明るく行動し易いのは大きなメリットであるが、気温が35度くらいと今年の夏はとにかく暑かった。 来年2016年の第40回世界遺産委員会は、2016年7月10日~20日、トルコのイスタンブールで開催される。日本からの候補は、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(長崎県・熊本県)と「国立西洋美術館本館」(東京都)を含むフランス人建築家ル・コルビュジェの建築作品17件の2件である。 尚、第39回世界遺産委員会ボン会議で、新たに「世界遺産リスト」に登録された物件の概要等については、シンクタンクせとうち総合研究機構発行の世界遺産シリーズ、「世界遺産データ・ブック 2016年版」、「世界遺産事典-1031全物件プロフィール-2016改訂版」、「世界遺産ガイド-日本編 2016改訂版」、それに、テーマ別の「世界遺産ガイド」等の中で、今後、逐次ご紹介いきます。 また、第39回世界遺産委員会ボン会議での審議を通じて感じたこと、それに、今後の日本の世界遺産登録の見通し、今後の世界遺産の課題や展望については、 「世界遺産講座」や講演、シンポジウム、それに、各種メディアでの論稿などでコメントしてまいります。 古田陽久 |
第39回世界遺産委員会ボン会議 登録物件 |
自然遺産関係 南アフリカ Cape Floral Region Protected Areas (CFRPA) “Cape Floral Region Protected Areas”, South Africa, (ix)(x), 2004の【登録範囲の拡大】 OK → OK (ix)(x) ヴエトナム Phong Nha – Ke Bang National Park [renomination under (ix) and (x) 並びに“Phong Nha-Ke Bang National Park” inscribed in 2003 under criterion (viii)の【登録範囲の拡大】 OK → OK (viii) + (ix)(x) 複合遺産関係 ジャマイカ Blue and John Crow Mountains I → I (iii)(vi)(x) 文化遺産関係 ヨルダン Baptism Site “Bethany Beyond the Jordan” (Al-Maghtas) R → I (iii)(vi) サウジアラビア Rock Art in the Hail Region of Saudi Arabia R → I (i)(iii) 中国 Tusi Sites I → I (ii)(iii) イラン Susa [in compliance with paragraph 61 of the Operational Guidelines, the examination of this nomination submitted before 2 February 2013 was postponed to 2015] I → I (i)(ii)(iii)(iv) 日本 Sites of Japan’s Meiji Industrial Revolution: Kyushu-Yamaguchi and Related Areas I → I (ii)(iv) モンゴル Great Burkhan Khaldun Mountain and its surrounding sacred landscape R → I (iv)(vi) 韓国 Baekje Historic Areas I → I (ii)(iii) シンガポール Singapore Botanic Gardens I → I (ii)(iv) イラン Cultural Landscape of Maymand ○ → I (v) デンマーク Christiansfeld a Moravian Settlement I → I (iii)(iv) デンマーク The par force hunting landscape in North Zealand I → I (ii)(iv) フランス Les climats du vignoble de Bourgogne R → I (iii)(v) フランス Coteaux, Maisons et Caves de Champagne I → I (iii)(iv)(vi) ドイツ Speicherstadt and Kontorhaus District with Chilehaus I → I (iv) イスラエル Bet She’arim Necropolis – A landmark of Jewish Renewal I → I (ii)(iii) イタリア Arab-Norman Palermo and the Cathedral Churches of Cefalú and Monreale I → I (ii)(iv) ノルウェー Rjukan – Notodden Industrial Heritage Site I → I (ii)(iv) トルコ Diyarbakır Fortress and Hevsel Gardens Cultural Landscape R → I (iv) 英国 The Forth Bridge I → I (i)(iv) アメリカ合衆国 San Antonio Missions I → I (iii) スペイン Chemins de Saint-Jacques du nord de l’Espagne « Chemins de Saint-Jacques-de-Compostelle », (ii)(iv)(vi), 1993年の【登録範囲の拡大】 OK → OK (ii)(iv)(vi) トルコ Ephesus I → I (iii)(iv)(vi) メキシコ Aqueduct of Padre Tembleque, Renaissance Hydraulic Complex in America I → I (i)(ii)(iv) ウルグアイ Fray Bentos Cultural-Industrial Landscape I → I (ii)(iv) |
<注> 専門機関の勧告区分 I=記載(登録)勧告 R=情報照会勧告 D=記載(登録)延期勧告 N=不記載(不登録)勧告 OK=承認勧告(登録範囲の拡大など) NA=不承認勧告(登録範囲の拡大) 世界遺産委員会の決議区分 I=記載(登録)決議 R=情報照会決議 D=記載(登録)延期決議 N=不記載(不登録)決議 OK=承認決議(登録範囲の拡大など) NA=不承認決議(登録範囲の拡大) |