世界遺産とは?








かけがえのない世界遺産 〜地球と人類の至宝〜

 地球が誕生してから46億年,人類が誕生してから500万年になリます。地球は,大気,風,水,土壌と多様な遺伝子,種,生態系,景観などによって支えられている一つの生命体です。

 地球と人類が残した「世界遺産」(英語 World Heritage  仏語 Patrimoine Mondial)は,先行きが不透明で混迷する現代社会に,銀河系の太陽や星,そして,地球の衛星である月の様に普遍的な輝きを放ち,現代人の心を癒し夢を与えてくれると共に,確かな方向性と新たな価値観とを示唆してくれるようにも思えます。

 「世界遺産」は,太古から現代社会,そして,未来社会へと継承していくべき地球と人類の至宝なのです。

 「世界遺産」とは,この地球上から失われてはならない貴重な自然や,人類が歴史に残した偉大な文明の証明ともいえる遺跡,建造物群,モニュメントなど,かけがえのない人類共通の財産(Our common heritage)を後世に継承していくことを目的に,1972年にユネスコ(国連教育科学文化機関)の総会で採択された「世界遺産条約」に基づいて「世界遺産リスト」に登録されている物件のことです。

 この「世界遺産」の考え方が生まれたきっかけは,エジプトのナイル川のアスワン・ハイ・ダムの建設計画により水没の危機にさらされたアブシンベル神殿などのヌビア遺跡群の救済問題でした。この時,ユネスコがヌビア遺跡群の保護を世界に呼びかけ,多くの国々の協力で,この遺跡群を移築し,保護したことにはじまります。

 また,ユネスコが,1972年に「人間と生物圏計画」を発足させたことにより,国際的に自然保護運動の気運が高まったことも加担しました。

 このように,「自然」と「文化」とが密接な関係を保ちながら,人類共通の遺産を,国家をこえ,国際的に協力しあい,守っていくことの必要性から生まれた新たな概念が「世界遺産」なのです。

 地球が営々と築きあげてきた貴重な自然遺産,人類の英知と人間活動の所産を様々な形で語り続ける文化遺産,自然遺産と文化遺産の両方の特質をもつ複合遺産は,どれもみな,「顕著な普遍的価値」(Outstanding Universal Value)をもつ私たちの宝物となっています。

 「世界遺産条約」を締約している170余りの締約国から推薦された遺産は,「世界遺産委員会」の審議を経て「世界遺産」に登録されます。また,各締約国の拠出した「世界遺産基金」から,必要に応じて保護・保全に対する国際的な援助が行われています。

 ユネスコの世界遺産は,2004月8月現在,世界の134か国にわたって,自然遺産が154,文化遺産が611,複合遺産が23,合計788の物件が「世界遺産リスト」に登録されています。

 自然遺産に登録されている代表的なものは,世界最高峰のチョモランマ(エベレスト)を擁する「サガルマータ国立公園」(ネパール),世界最大の珊瑚礁である「グレートバリアリーフ」(オーストラリア),透明度の高い世界最深の「バイカル湖」(ロシア),野生動物の楽園「セレンゲティ国立公園」(タンザニア),雄大な自然を実感する「カナディアン・ロッキー山脈公園」(カナダ),隆起,浸食の博物館ともいえる「グランドキャニオン国立公園」(アメリカ合衆国),ダーウィンの「進化論」で有名になった貴重な生態系を保持する「ガラパゴス諸島」(エクアドル)などです。 

 文化遺産は,韓国仏教文化の代表「石窟庵と仏国寺」(韓国),総延長6000Kmにもおよぶ「万里の長城」(中国),シンメトリーの白亜の廟「タージ・マハル」(インド),イスラム文化の花開いた町「イスファハンのイマーム広場」(イラン),岩壁に掘られた神殿のある「ペトラ」(ヨルダン),丘の上にそびえるパルテノン神殿が象徴的な「アテネのアクロポリス」(ギリシャ),ローマ帝国の栄華の遺跡群「ローマ歴史地区・法皇聖座直轄領,サンパオロ・フォーリ・レ・ムーラ教会」(イタリア/ヴァチカン),海の中にそびえ建つ修道院「モン・サン・ミッシェルとその湾」(フランス),旧石器時代の見事な壁画「アルタミラの洞窟」(スペイン),世界の七不思議のひとつであるピラミッド発祥の地「メンフィスとそのネクロポリス/ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯」(エジプト),アメリカ民主主義の象徴である「自由の女神像」(アメリカ合衆国),ユカタン半島にあるマヤ文明遺跡「チチェン・イツァの古代都市」(メキシコ),謎の多い巨大な地上絵「ナスカおよびフマナ平原の地上絵」(ペルー)などが思い浮かんできます。

 複合遺産は,幽玄な水墨画の世界「黄山」(中国),オーストラリアの赤い心臓エアーズ・ロックと先住民族アボリジニの聖地「ウルル・カタジュタ国立公園」(オーストラリア),円錐形の奇岩が印象的な「ギョレメ国立公園とカッパドキア」(トルコ),インカ帝国の空中都市「マチュ・ピチュの歴史保護区」(ペルー)などがあげられます。

 わが国に目を向けて見ると,自然遺産は,青森県と秋田県にまたがるブナの原生林「白神山地」,樹齢7200年の縄文杉がある「屋久島」の2物件が,また,文化遺産は,徳川幕府の祖を祀る「日光の社寺」,ノスタルジックな日本の農村の原風景「白川郷・五箇山の合掌造り集落」,1000年以上の歴史を誇る平安の都「古都京都の文化財」,世界最古の木造建築物がある「法隆寺地域の仏教建造物」,古代日本の首都・平城京のあった「古都奈良の文化財」,信仰の山と道の文化的景観を呈する「紀伊山地の霊場と参詣道」、日本を代表する城郭建築「姫路城」,核兵器の惨禍を伝える「原爆ドーム」,日本三景のひとつ安芸の宮島にある「厳島神社」,そして,首里城跡などの「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の10物件,併せて12の物件が世界遺産リストに登録されています。 

 このように,世界遺産は多種多様で,時代,民族,宗教などを超越して登録されている素晴しい地球の宝物なのです。しかし,上記の721物件のなかには,大火,暴風雨,地震,津波,洪水,地滑り,噴火などの大規模な自然災害,内戦や戦争などの武力紛争,ダムや堤防建設,道路建設,鉱山開発などの開発事業,それに,入植,狩猟,伐採,海洋汚染,大気汚染,水質汚染などの自然環境の悪化による滅失や破壊など深刻な危機にさらされ緊急の救済措置が必要とされる物件も少なくありません。このような物件は,「危機にさらされている世界遺産リスト」に登録され,ユネスコによって危機回避のための保護・保全措置が講じられています。現在下記の35物件が登録されています。
( )内は国名と危機にさらされた事由

 コトルの自然・文化−歴史地域(ユーゴスラビア連邦共和国・地震),エルサレム旧市街と城壁(ヨルダン推薦物件・民族紛争),アボメイの王宮(ベナン・雷雨),チャン・チャン遺跡(ペルー・風雨),トンブクトゥー(マリ・侵食),ニンバ山厳正自然保護区(ギニア/コートジボアール・鉄鉱山開発),アイルとテネレの自然保護区(ニジェール・武力紛争),マナス野生動物保護区(インド・密猟),サンガイ国立公園(エクアドル・道路建設),スレバルナ自然保護区(ブルガリア・堤防建設),エバーグレーズ国立公園(アメリカ合衆国・人口増加),ビルンガ国立公園(コンゴ民主共和国・難民流入),イエローストーン(アメリカ合衆国・鉱山開発),リオ・プラターノ生物圏保護区(ホンジュラス・入植),イシュケウル国立公園(チュニジア・ダム建設),ガランバ国立公園(コンゴ民主共和国・密猟),シミエン国立公園(エチオピア・人口増加),オカピ野生動物保護区(コンゴ民主共和国・武力紛争),カフジ・ビエガ国立公園(コンゴ民主共和国・伐採,狩猟),ブトリント(アルバニア・紛争),マノボ・グンダ・サンフロ−リス国立公園(中央アフリカ・狩猟),サロンガ国立公園(コンゴ民主共和国・武力衝突),ハンピの建造物群(インド・つり橋建設),ザビドの歴史都市(イエメン・劣化),ジュディ鳥獣保護区(セネガル・サルビニア・モレスタ(オオサンショウモ)の繁殖),ラホールの城塞とシャリマール庭園(パキスタン・道路の拡張),フィリピンのコルディリェラ山脈の棚田(フィリピン・総合管理計画の欠如),アブメナ(エジプト・溢水),ジャムのミナレットと考古学遺跡(アフガニスタン・長年の戦乱等による損傷),テイパサ(アルジェリア・杜撰な維持管理)、バムの文化的景観(イラン・大地震による損壊)、ケルン大聖堂(ドイツ・景観問題)、キルワ・キシワーニとソンゴ・ムナラの遺跡(タンザニア・管理体制の欠如)が様々な原因や理由によって,危機にさらされています。

 「世界遺産」は,単に,ユネスコの世界遺産に登録され国際的な認知を受けることだけが目的ではありません。「顕著な普遍的価値」を持つ「世界遺産」を守っていくために,その重要性を広く世界に呼びかけ,守っていくための国際的な協力を推し進めていくことが必要です。

 今も世界各地で起こっている民族や宗教の対立による地域紛争,難民や貧困,飢餓の問題,地球温暖化などによる生態系のバランスの崩壊と生物多様性の喪失をもたらす環境問題など,病める地球の諸問題の解決も求められているのです。

 さて,それでは,翼を広げ世界遺産の幾つかを翔けめぐってみましょう。そこでは,46億年の歳月が創ったみごとな自然美,人類が築き上げた感動のドラマと巡り会えるかもしれません。そして,そこは,地球と人類が残した確かな足跡であり,人類が希求してきた理想の地かもしれません。


アフリカのセレンゲティ

 セレンゲティ国立公園は,1981年に,ユネスコの自然遺産に登録されました。タンザニアの北部,マラ州,アルーシャ州,シミャンガ州にまたがり,アフリカの最高峰キリマンジャロ(5,895m)の麓に果てしなく広がる面積14763Kuのサバンナ地帯です。
 セレンゲティは,原住民のマサイ族の言葉で「広大な平原」の意味のごとく,東京都,神奈川県,千葉県,埼玉県の1都3県の広さに匹敵する平和な大地です。アフリカ・ゾウ,バッファロー,ライオン,チーター,ヒョウ,インパラ,キリン,ゼブラ,ガゼル,ヒヒ,鳥など数多くの動物が生息している野生動物の王国ですが,なかでもセレンゲティを象徴する動物といえば,ヌーでしょう。
 300万頭の草食動物の3割を占めるヌーの大群は,毎年5〜6月の雨期が終わると新たな餌を求めて大平原を移動します。公園の南東部から西へ,ケニアのマサイマラへと1,500Kmもの距離を移動する様は壮観です。そこでは,弱った一群がライオンやハイエナの餌食になったり,ワニに襲われ川を血に染めたりしながら,動植物あいまって自然の連鎖が繰り広げられているのです。

イタリアのコロッセオ

 コロッセオのあるローマ歴史地区は,1980年に,ユネスコの文化遺産に登録されました。永遠の都ローマは,伝説によると,紀元前753年に双子の兄弟であるロムルスとレムスによってパラティヌスの丘に創建されたといわれています。
 ローマ歴史地区には,ローマ帝国最盛期の1〜2世紀に政治・経済・宗教の中枢をなしたフォロ・ロマーノを中心に,パンテオン,アウレリウス記念柱,アウグストゥスやハドリアヌスの霊廟,カラカラ浴場,そして,コロッセオなどの多くの遺跡が残されています。今もフォロ・ロマーノにたたずんでいると,戦勝将軍の凱旋行進の様子が時代を超えて思い浮かんできます。人々は,活気に満ちた町にあふれ,コロッセオで開かれる数々の催しものに熱狂しました。
 コロッセオが誕生したのは,紀元80年。5万人を収容する大円形劇場で,当時の皇帝ティトゥスは,連続100日間にもおよぶ闘技会を催し,その権勢を誇示しました。剣闘士が武器を手に闘う闘技会は,必ず「死」をもって幕を閉じるという残酷なまでのショーで,ローマ市民は,命がけの男たちの闘いに血を湧き立たせ,歓声をおくりました。

イランのイスファハン

 イスファハンのイマーム広場は,1979年にユネスコの文化遺産に登録されました。イスファハンは,テヘランの南300Km,ザグロス山脈の東部にある水と緑豊かなイスラム都市です。
 1597年,サファヴィー朝のシャー・アッバース大帝がイスファハンを首都とし,古い広場の南西に造ったイマーム広場を中心に,壮麗なペルシャン・ブルーのマスジッド・シャー・モスクやシェイク・ロトフォッラー・モスク,アリ・カブ宮殿,キャラバンサライ(隊商宿)など多数の歴史的建造物を建設しました。その繁栄ぶりは,「イスファハンは世界の半分」(イスファハン・ネスフェ・ジャハン)といわれるほどで,その美しさを今にとどめています。
 ペルシア芸術の最高美を表わす花や草木をモチーフにした壁面の7色の彩色タイルのアラベスク模様が施されたモスクは,イスラム文化の最高潮を物語っています。

ヨルダンのペトラ

 ペトラは,1985年にユネスコの文化遺産に登録されました。ペトラは,ヨルダンの首都アンマンの南190km,標高950m,岩山に囲まれたワジ(涸れ川)の峡谷にあり,今では徒歩か馬でないと訪れることができません。山中に埋もれたこの古代都市を発見したのは,1812年,スイス人の探検家ヨハン・ブルクハルトでした。
 ペトラは,ギリシャ語で「岩」という意味で,岩山のシックと呼ばれる亀裂に,アラブ系遊牧民族のナバタイ人が築いたシルクロード(絹の道)の隊商都市でした。当時は,エジプトやアラビア,地中海地方などから人々が集まり,多いときで2万人もの人口があったといわれています。
 最も有名なのは,ベドウィンが「ファラオの宝物庫」と呼び,世界一美しい葬祭殿とされた高さ30m,奥行き25mのバラ色に輝くエル・カズネ・ファルウンの神殿です。
 この他にもローマ時代の1〜3世紀に建造された6000人以上もの収容能力があったといわれる円形のローマ劇場,礼拝堂,宴会場,住居,浴場,貯水池,舗装道路などの遺跡が残っています。
 イギリスの詩人ディーン・パーゴンは,ペトラを「東の国の壮麗な要塞,時の刻みと同じ位古いバラ色の都市,いつしか私もこの中に一体化していく」と称賛しました。
 また,ペトラは,映画「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」の舞台にもなったことで記憶されておられる方も多いでしょう。

 「世界遺産」は,ある特定の国や民族のものとしてだけではなく,天空の星の様に,世界のすべての人々のかけがえのない宝物であり,それらを守っていくことは,私たち人類共通の責務です。

 この星を守り,国家や民族を超えて未来世代に引き継いでいかなければなりません。その為には,この美しい地球が戦争や紛争がない平和な星であり続けることが必要なのです。



(COPYRIGHT)シンクタンクせとうち総合研究機構

<改訂記録>
2004年8月1日
2002年10月1日
2001年12月16日








参考文献
世界遺産入門ー地球と人類の至宝ー
世界遺産学入門ーもっと知りたい世界遺産ー
世界遺産データ・ブックー2003年版ー
世界遺産Q&A−世界遺産の基礎知識ー2001改訂版
世界遺産事典ー関連用語と全物件プロフィールー2001改訂版
世界遺産マップスー地図で見るユネスコ世界遺産ー2001改訂版
世界遺産フォトス
世界遺産ガイドー日本編ー2001改訂版ー
世界遺産ガイドー日本編ー2.保存と活用
世界遺産ガイドー世界遺産条約編ー
世界遺産ガイドー危機遺産編ー















世界遺産と総合学習の杜に戻る
シンクタンクせとうち総合研究機構のご案内に戻る
世界遺産総合研究所のご案内に戻る
21世紀総合研究所に戻る
出版物のご案内に戻る
出版物ご購入のご案内に戻る
世界遺産情報館に戻る