祝 2011年 ユネスコ世界遺産登録 実現 !


再見西湖・象徴杭州

-杭州西湖の文化的景観-


中国浙江省杭州市








 2011年3月24日(木)から28日(月)の5日間、中国・浙江省の省都・杭州市で、今年2011年のユネスコの世界遺産候補の一つである「杭州西湖の文化的景観」(West Lake Cultural Landscape of Hangzhou)を取材した。

 ユネスコの世界遺産の数は、2011年3月現在、911物件(自然遺産 180 文化遺産 704 複合遺産 27)、このうち、中国の世界遺産の数は、40物件(「九寨溝」「黄龍」「武陵源」などの自然遺産が8 「万里の長城」「故宮」などの文化遺産が28 「泰山」「黄山」などの複合遺産が4)で、イタリアの45、スペインの42に次いで、世界で第3位である。


 中国は、長い歴史、広い国土面積から、各時代、各地域を代表する世界遺産も多様で、世界遺産の数が世界一になる日も、そんなに遠い将来のことではないと、常々、思っている。

今年の中国の世界遺産候補は、その火山風景と堰止湖を誇る、黒竜江省の「五大連池国家公園」(自然遺産候補)と浙江省の「杭州西湖の文化的景観」(文化遺産候補)の2物件である。

杭州西湖の文化的景観」は、「杭州西湖-伝統的な龍井茶園の景観」(Hangzhou West Lake - Traditional Longjing Tea Garden Landscape)として、2008年3月28日に、世界遺産暫定リストに登録された。 

 杭州市は、中国の東南沿海、長江の南を流れる銭塘江下流の北岸にあり、私にとって、杭州への旅は三度目であったが、行く度に、その発展ぶりと進化していく様子には驚かされる。

 杭州は、中国の七大古都の一つであり、古くから日本との関わりも深く親しみを持っている。

 杭州西湖は、北緯30度14分15秒、東経120度8分27秒、杭州市の西に位置し、国家重点風景名勝区に指定されている。西湖(せいこ 中国語では「シーフー」)は周囲が15kmで、北、西、南の三方が山に囲まれ、東だけが杭州市街と接している。日本の湖で言えば、山梨県の河口湖くらいの大きさである。

 西湖の名前の起源は、杭州の西側にあること、或は、中国古代四大美人の一人、西施(せいし)の様に大変美しいことから西湖(せいこ)と呼ばれるようになったとも云われている。

 杭州は、五代十国の時代、呉越国(907~978年)の都となり、南宋時代(1127~1279年)には事実上の首都、臨安府が置かれた。

 古くから貿易港として栄え、蘇州と共に地上の楽園といわれた。13世紀末にこの地を訪れたMarco Polo(マルコ・ポーロ)も"Hangzhou is the most beautiful and elegant city in the world!"(世界で最も美しく優雅な都市)と称えている。

 西湖には、孤山、白堤、蘇堤などの島々が浮かんでいる。西湖は山紫水明で、白堤の「断橋残雪」、「平湖秋月」、蘇堤の「蘇堤春暁」などが南宋の時代から西湖十景として称えられている。それに、霊隠寺、岳廟、六和塔、浄慈寺などの旧跡も枚挙にいとまがない。

 西湖と日本との関わりも深い。徳川御三家の庭園には、「西湖堤」が縮景されており、白堤の「錦帯橋」は、山口県岩国市の錦帯橋で、蘇堤の「跨虹橋」は、広島市の縮景園で、その名が模倣されている。

 また、杭州は、中国茶文化の発祥地のひとつで、東晋朝以来、茶樹が西湖の山岳一帯に植栽され、南宋朝では、西湖茶の生産は更に発展した。伝統的な杭州西湖龍井(ろんじん)緑茶の茶園の景観は、自然と人間との共同作品である文化的景観を今も留めている。

 2011年3月25日(金)、「2011西湖龍井開茶節&茶博覧会」の開幕式が、
メイン会場の龍隝茶村で行われ、龍井釜炒り茶/茶芸も取材した。龍井茶は、中国を代表する緑茶の一つで、元来、西湖の西に位置する龍井村で作られていたことから名づけられたという。

 杭州西湖と龍井茶園とが一体になった自然景観と文化的景観をカメラのファインダーにおさめたかったが、杭州西湖と龍井茶園とは、距離的に離れていること、また、高低さもあって、それぞれの景観が分断されている為、叶わなかった。

「杭州西湖の文化的景観」は、今年2011年の6月にパリのユネスコ本部(当初はバーレンの首都マナーマで開催される予定であったが政情不安の為、急遽変更になった)で開催される第35回世界遺産委員会パリ会議(会期:6月19日~29日)で、「世界遺産リスト」への登録の可否が決まる。

 私も、この会議には、オブザーバー・ステイタスで参加するが、日本の世界遺産候補「平泉-仏国土(浄土)を表わす建築・庭園及び関連の考古学的遺産群」(←「平泉-浄土思想を基調とする文化的景観」<2008年第32回世界遺産委員会ケベック・シティ会議で登録延期決議>)、「小笠原諸島」、「ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-【構成資産の一つが東京上野の「国立西洋美術館本館」】」(←「ル・コルビュジエの建築と都市計画」<2009年第33回世界遺産委員会セビリア会議で情報照会決議>)の3物件と共に登録の可否が注目されている

 ユネスコの世界遺産登録は、近年、厳選化の傾向が強く、専門機関の事前審査も大変厳しくなっている。「杭州西湖の文化的景観」が、ユネスコの世界遺産にふさわしい「顕著な普遍的価値」(OUV  Outstanding Universal Value)を有しているかどうか、登録基準、真正性、完全性、他の類似物件との比較など多角的な観点から審査される。

 なかでも、「杭州西湖の文化的景観」の場合、文化的景観という景観要素が大変重要なので、登録遺産のコア・ゾーン(3,322.88ha)を取り巻く周辺に、十分なバッファー・ゾーン(緩衝地帯 7,270.31ha)を設定し、ビル建設などの開発圧力などから、かけがえのない風景名勝の景観を恒久的に守っていく保存管理措置が講じられているかどうかが世界遺産登録のポイントになる。


 湖というと、一般的には、自然遺産をイメージすると思うが、杭州西湖の場合には、文化遺産、なかでも、自然環境と人間との共同作品ともいえる文化的景観のカテゴリーを適用しての登録をめざしている。

 すなわち、「杭州西湖の文化的景観」の魅力は、杭州西湖が、単にその自然景観を誇ってきたのではなく、ここで、生活し、生業を営み、或は、芸術・文化と深く関わってきた人間の活動との共同作品ともいえる風景や景観を文化的景観というが、その素晴らしさが西湖の魅力である。

 なかでも、①西湖十景など、人間によって意図的に設計され創造されたと明らかに定義できる景観 ②龍井茶園などの農業などの産業と関連した有機的に進化する景観③中唐時代の白居易、北宋時代の蘇東坡(蘇軾)などの詩人の作品(「杭州春望」「望湖楼」など)に大きな影響を与えた芸術、文化などの事象と関連する景観などである。

 また、西湖には、国内外からの観光客も多く、慢性的な交通渋滞など観光圧力によって生じる西湖を取り巻く環境への圧力も心配である。

 杭州市には、これまで、地下鉄がなかったが、第一期工事が2011年末に完成、開通すれば、現在の交通渋滞問題は、大幅に改善されることが期待される。

 なかでも、西湖の北西端の岳湖景区(約2.6k㎡)の全体がステージになる夜の水上歌舞「印象西湖」(監督 張芸謀<チャンイ-モウ>)は、杭州に伝わる民間伝承の「白蛇伝」をモチーフにし、5幕(第1幕「相見」、第2幕「相愛」、第3幕「離別」、第4幕「追憶」、第5幕「印象」)で構成されている。

 その壮大な演出は、喜多郎作曲の背景音楽「印象西湖雨」ともマッチし、大変、感動的、印象的であったが、持続可能な湖水環境への負荷も大きい様に感じた。

「杭州西湖の文化的景観」の世界遺産登録が実現した場合には、昨年登録された自然遺産「中国丹霞」(貴州省、湖南省、広東省、福建省、江西省、浙江省)に続いて
浙江省では2番目、杭州市では初めての世界遺産となる。

 杭州市と日本の自治体との関係については、湖、シルク、お茶などの共通点を通じた交流をめざして、埼玉県狭山市、上尾市、福井県福井市、岐阜県岐阜市、京都府向日市、島根県松江市などと友好・姉妹都市提携をしている。

 2011年3月25日(金)には、2008年に世界遺産暫定リストに登録されている北京から杭州までを結ぶ「大運河」(The Grand Canal)、すなわち、京杭大運河を取材した。京杭大運河は、中国沿海部の南北を貫く全長約1794キロの世界最長の運河で、黄河や長江、北京市、天津市の2直轄市、河北省、山東省、江蘇省、安徽省、浙江省、河南省の6省を結ぶ古くからの「文化の道」であった。

 紀元前5世紀に開削が始まり、杭州市は、運河で栄え、南宋から元にかけて中国の経済・文化の中心となった。その後、山東省の済寧以北は、水量が減少した為、現在も利用されている主な区間は、杭州~済寧間と北京~天津間であるが、「京杭大運河」が、「海のシルクロード」(西漢朝から秦朝までの浙江省寧波市、福建省泉州市)と共に将来の有力な世界遺産候補であることに変わりはない。

 2011年3月26日(土)には、2011杭州世界レジャー博予定会場、3月27日(日)には、建徳市を取材した。

 なかでも、杭州市内から約150km、建徳市の「新叶古鎮」<新叶古村>(大慈岩鎮新叶村)には、玉華山の山麓に、千年の歴史を有する黒い瓦と漆喰の白壁の調和が美しい明清時代からの古民家群が残っている。2000年に世界遺産になった「安徽省南部の古民居群-西逓村と宏村」の風情によく似ている。

 日常の喧騒から開放されて、長期滞在してみたくなる様な農村風景と人間的な素顔が魅力的である。生活の為の井戸、農業、防火の為の水に用いられる溜池、迷路の様に張り巡らされた石畳の路地、周辺の見渡す限りの菜の花畑など、先人が守護神となって小さな村を守っている様にも思えた。

 現代人が忘れてしまった先祖を敬う気持ち、家族の絆、村人の相互扶助の団結心などが自然と息づいており、コミュニティを守っていく道徳心と秩序が凛と保たれていた。

 杭州市の旅游は、都会と農村の魅力を両方、楽しむことが出来る。衣食住、いずれにおいても、日本のそれの源流に、ふとしたことで出会うことがある。食事にしても、美味しいと感じるのは、中国の他の地域との比較において、日本人の感性により近いのだと思う。

 これからの時代における余暇の過ごし方、中国での旅のスタイルなど、ツーリズムのあり方についても、試行錯誤を経た後の知恵と工夫が凝らされてきている。

 杭州(蕭山)と上海(浦東と虹橋)の両方に路線をもつ日本の航空会社ANA 全日空での中国へのフライト(片道約3時間)にも安心感がある。

 今まさに旬の話題満載の杭州市、「再見西湖・象徴杭州」、また行きたい杭州西湖への感動の旅をお勧めしたい。

  尚、「杭州西湖の文化的景観」の魅力については、今後も、様々なメディアを通じて、紹介していきたい。「世界遺産リスト」に登録された場合には、シンクタンクせとうち総合研究機構発行の「世界遺産データ・ブック」、「世界遺産事典」、「世界遺産ガイド-中国編-」等で、遂次、紹介していく。


               世界遺産総合研究所 所長 古田陽久(ふるたはるひさ)



 【取材協力】杭州市旅游委員会・ANA 全日空】



 (注)

   中国の七大古都  北京、西安、洛陽、開封、安陽、南京、杭州
   中国古代四大美人 西施<春秋時代>
             虞美人<秦末>
             王昭君<漢>
             楊貴妃<唐>
 

   十国
時代     国名 始祖   存続年
             前蜀 王建  907年~925年
             後蜀 孟知祥 934年965年
             呉  楊行密 902年937年
             南唐 李昪  937年975年
             荊南 高季興 907年963年
             呉越 銭鏐  907年978年
             閩  王審知 909年945年
             楚  馬殷  907年951年
             南漢 劉隠  909年971年
             北漢 劉崇  951年979年
   時代      国名  都   存続年     
             北宋 開封  960年~1127年

             南宋 杭州(臨安)   
                   1127年1279年


   
西湖十景     平湖秋月
             断橋残雪
             曲院風荷
             蘇堤春暁
             三潭印月
             柳浪聞鶯
             雷峰夕照
             花港観魚
             南屏晩鐘
             雙峰插雲


   ●中国伝統十大名茶

       龍井茶(ろんじんちゃ):浙江省杭州の緑茶
       碧螺春(ぴろちゅん):江蘇省太湖にある洞庭山の緑茶
       黄山毛峰(こうざんもうほう):安徽省黄山の緑茶
       君山銀針(くんざんぎんしん):湖北省岳陽洞庭湖の青螺島の黄茶
       祁門紅茶(きーむんこうちゃ):安徽省祁門の紅茶
       六安瓜片(ろくあんかへん):安徽省六安県斉雲山の緑茶
       信陽毛尖(しんようもうせん):河南省信陽大別山の緑茶
       都均毛尖(といんもうせん):貴州省都均山の緑茶
       武夷岩茶:福建省武夷山市の青茶
       鉄観音 :福建省安渓県の青茶


   ●2011年4月12日(火曜日)夜8時30分頃 FM COCOLO
    シャオチェンのEarth Colors Chinese editionに古田陽久がゲスト出演。
    「『杭州西湖の文化的景観』の世界遺産登録への可能性などの観点から杭州並びに
    西湖の魅力について」語る。 


   ●月刊中国NEWS 2011年8月号(50号)6月28日
    エッセイ 私と中国 古田 陽久  「中国から世界遺産を学ぶ」











▼古田陽久▲  私と中国
 2002年3月 世界遺産ガイド-中国・韓国編-」を出版。
 2003年3月 日文原著監修「世界遺産Q&A 世界遺産基礎知識」(文化台湾発展協会、行政院文化建設委員会)を出版。
 2003年9月 重慶市の西南師範大学(現西南大学)から「世界遺産研究」で招聘。
 2004年6月 第28回世界遺産委員会蘇州会議にオブザーバー・
ステイタスで出席。
 2005年1月 世界遺産ガイド-中国編-」を出版。
 2005年1月 エッセイ「中国 『世界遺産大国』への予感」(『 まほら』第42号 2005年1月 旅の文化研究所発行)を発表。
 2006年5月~9月 2006年度前期横須賀市市民大学講座で
「中国と朝鮮半島の世界遺産~『顕著な普遍的価値』とその特質・特色~」(全8回)を講義
主催(財)横須賀市生涯学習財団
 2006年5月~9月 2006年度調布市民カレッジで
「中国の世界遺産」(全5回)を講義
主催(財)調布市市民・コミュニティ振興財団
 2006年9月 国家文物局世界遺産陸処長並びに
北京大学考古文博学院呉小紅教授を表敬訪問。
 2007年11月 四川省峨眉山での第3回世界自然遺産会議に参加。“The Sustainable Development of World Natural Heritage-Importance of World Heritage Education-”を発表。
 2009年10月 世界遺産ガイド-中国編-2010改訂版」を出版。
 2011年3月 日本メディア記者取材団のメンバーの一員として、杭州を取材。
 2011年4月12日 【大阪のFM COCOLO765 】
「COCOLO Earth Colors Chinese edition」
(放送エリア 大阪府、京都府、兵庫県、奈良県、滋賀県、和歌山県 )のゲスト出演
 2011年6月28日 月刊中国NEWS 2011年8月号(50号)
エッセイ 私と中国 古田 陽久  
「中国から世界遺産を学ぶ」
 2011年6月29日 杭州日報

これまでの訪問都市
香港、マカオ、北京、重慶、上海、杭州、建徳、紹興、蘇州、呉江、昆山、無錫、南京、
成都、峨眉山、楽山、九寨、西安、厦門、泉州、福州、台北






参考文献
世界遺産ガイド-中国編-2010改訂版
世界遺産事典 -911全物件プロフィール-2011改訂版
世界遺産ガイド-暫定リスト記載物件編-
世界遺産ガイド-世界遺産条約編とオペレーショナル・ガイドラインズ編-
世界遺産ガイド -世界遺産の基礎知識-2009改訂版
世界遺産キーワード事典 2009改訂版
世界遺産ガイド -文化遺産編-2010改訂版
世界遺産ガイド -文化的景観編-
世界遺産ガイド -北東アジア編 -
世界遺産入門 -ユネスコから世界を学ぶ-






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