会期中に軍事クーデター未遂事件 第40回世界遺産委員会イスタンブール会議 2016 The 40th Session Of The World Heritage Committee 2016 Istanbul 国立西洋美術館(日本)・世界遺産登録おめでとう 逆転登録(8件) 続出 世界遺産は、21増で、1052件(165か国) (自然遺産 203 複合遺産 35 文化遺産 814) 世界遺産初出国は、ミクロネシア、アンティグア・バーブーダ 危機遺産は、8増1減で、55物件 危機遺産比率(55/1052=5.23%)は、過去最悪 会期短縮による未決事項は10月24~26日、パリのユネスコ本部で 2020年から新登録の審査件数の上限は35件に 2017年の第41回世界遺産委員会の開催国・都市は、ポーランドのクラクフ |
毎年開催されるユネスコの世界遺産委員会は、私たち、世界遺産の研究者にとって、新年を迎える様な新たな気持ちにさせられる。 第40回世界遺産委員会は、トルコのイスタンブール(Istanbul 人口約1500万人 日本との時差 6時間)のイスタンブール・コングレス・センターで、7月10日から20日(10日は開会式、20日閉会、実質的な審議は、7月11日~19日)まで開催される予定であったが、15日の夜に突然、クーデター未遂事件が起こった為、16日は休会、17日は再開したが18日、19日の審議は行われず、17日で閉会した。(未審議・未決議事項については、2016年10月24日~26日にパリのユネスコ本部で継続審議される) イスタンブール・コングレス・センターは、2009年に建設された8階建て、建築延面積が120,000m2の多目的の複合施設で、イスタンブールでは最大の会議場である。 東洋がある、西洋がある、いくつもの物語があるトルコ、なかでも、イスタンブールは、アジアとヨーロッパの2つの大陸にまたがる都市で、その中心を貫くボスポラス海峡は、黒海、マルマラ海、そして金角湾に注ぎ込んでおり、かつては、ローマ帝国、ビザンチン帝国、オスマン帝国という3代続いた大帝国の首都であった。 4世紀からは東ローマ帝国の帝都のコンスタンティノープルが、15世紀からはオスマン帝国の帝都のコスタンティニエがあった場所で、長いあいだ都市として繁栄してきた。 イスタンブールの歴史地区は、1985年にユネスコの世界遺産に登録されている。登録面積は、678ha、構成資産は、トプカプ宮殿を中心とする考古学遺跡公園地区(スルタンアフメト地区)(109ha)、スレイマニエ・モスクを中心とするスレイマニエ・モスクと関連保護地区(53ha)、ゼイレク・モスクを中心とするゼイレク・モスク (パントクラトール教会) と関連保護地区(10ha)、城壁の外周に設定されたイスタンブール城壁地区(506ha)の4つからなる。 しかしながら、近年は、人口の増加、工業化による汚染、イェニカプ埋立計画、スルクレ、フェネル・バラト、ア・イヴァンサライの各復興地区計画、ユーラシア道路トンネル、金角湾地下鉄橋などの開発圧力、無秩序な都市化の危険にさらされている。 日本でイスタンブールといえば、庄野真代さんのヒット曲「飛んでイスタンブール」(1978年(昭和53年))が有名であるが、日本との関係は、山口県の下関市と姉妹都市の関係にあるほか、ヨーロッパとアジアとを結ぶ「ファーティフ・スルタン・メフメト橋」(第二ボスポラス橋)は、日本の政府開発援助のもと、石川島播磨重工業(現IHI)や三菱重工業などにより建設され、1988年に完成した。 一方、日本とトルコとの関係は、古くは、エルトゥールル号遭難事件が挙げられる。1890年(明治23年)9月16日夜半、オスマン帝国(その一部は現在のトルコ)の軍艦エルトゥールル号が、現在の和歌山県串本町沖にある、紀伊大島の樫野埼東方海上で遭難し500名以上の犠牲者を出した事件である。(現在、和歌山県串本町とトルコのヤカケント町、メルスィン市は姉妹都市である。樫野崎灯台そばには、エルトゥールル号殉難将士慰霊碑およびトルコ記念館が建っており、町と在日本トルコ大使館の共催による慰霊祭が5年ごとに行われてきた。) また、東京の代々木上原には、トルコ共和国在東京大使館の所属の回教寺院、東京ジャーミー・トルコ文化センター(Tokyo Camii & Turkish Culture Center 151-0065 東京都渋谷区大山町1-19)がある。 トルコでの世界遺産委員会の開催は、今回が初めてであった。私は、今年もオブザーバー・ステイタスで参加する予定である。第27回世界遺産委員会から14回目であり、パリ、蘇州、ダーバン、ヴィリニュス、クライストチャーチ、ケベック・シティ、セビリア、ブラジリア、パリ、サンクトぺテルブルク、プノンペン、ドーハ、ボン、イスタンブールと世界を一周してきた感がある。 トルコは、1983年に世界遺産条約を締約(世界で71番目)、世界遺産の数は15件(「イスタンブールの歴史地区」、「トロイの考古学遺跡」、「ペルガモンとその重層的な文化的景観」、「エフェソス」などの文化遺産が 13件、「ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩窟群」、「ヒエラポリス・パムッカレ」の複合遺産 2件)で、世界第17位であったが、今回の世界遺産委員会で、「アニの考古学遺跡」(Archaeological site of Ani)が新規に登録され、世界遺産の数は16件となり、世界第17位になった。 世界無形文化遺産については、2006年に無形文化遺産保護条約を締約(世界で45番目)、「トルコ・コーヒーの文化と伝統」、「エブル、マーブリングのトルコ芸術」、「メヴェヴィー教団のセマーの儀式」など12件が「代表リスト」に登録されており、世界第7位である。 世界の記憶は、「カンディリ観測所と地震調査研究所の文書」、「ボガズキョイにおけるヒッタイト時代の楔形文字タブレット」、「スレイマン寺院文書図書館におけるイブン・シーナの業績」、「トプカプ宮殿博物館とスレマニェ図書館に所蔵されているエヴリヤ・チェレビの「旅行記」、「キュルテぺ遺跡の古アッシリア商人のアーカイヴス」の5件が登録されている。 今年の世界遺産委員会の委員国は、アンゴラ、アゼルバイジャン、ブルキナ・ファソ、クロアチア、キューバ、フィンランド、 インドネシア、ジャマイカ、カザフスタン、クウェート、レバノン、ペルー、フィリピン、ポーランド、ポルトガル、韓国、 チュニジア、トルコ、タンザニア、ヴィエトナム、ジンバブエの21か国である。 幹事国のビューロー・メンバーは、7か国、議長国がトルコ(議長: Ms Lale Ülkerr<ラーレ・ウルケル>氏 トルコ外務省海外広報・文化局長)、副議長国は、レバノン、ペルー、フィリピン、ポーランド、 タンザニアの5か国、ラポルチュール(報告担当国)は、韓国(報告担当者: Mrs Eugene Jo<ジョ・ユジン> 氏)が務めた。また、昨年交替したユネスコ世界遺産センターのメヒティルト・ロスラー氏にとっては、所長としては最初の世界遺産委員会となった。 7月10日、第40回世界遺産委員会イスタンブール会議の開会式、世界各地からの800名が参加、ユネスコの世界遺産リストに登録されているトルコの世界遺産のビデオを上映後、ユネスコのイリナ・ボコバ事務局長(現在、国連次期事務総長選挙に立候補している)がスピーチ、テロ組織による文化財密輸と戦争による世界遺産の破壊を阻止するため、国際社会の協力を呼びかけた。 また、トルコのビナリ・ユルドゥルム首相は、下記の趣旨のビデオ・メッセージを副首相に託し、ユネスコに非常に重大な任務と責任が課されていると述べた。 『世界の多くの地域で続く戦争によって、われわれ人類に残された貴重な自然環境や文化財などの価値が次々と消滅する一方、先人が残したかけがえのない遺産を自分たちの手で破壊し続けている現状を鑑みると、ユネスコには、非常に重大な任務と責任が課されていると言ってよい。 国際社会は、ユネスコの取組みにより貢献し、過去から現在までの遺産を次世代に責任をもって引き継いでいく必要がある。 従って、国連加盟国には大きな義務が課されており、今回、イスタンブールで開催される世界遺産委員会でユネスコが果たすべき役割、それに、自然遺産と文化遺産の価値の保護に関する決議が、わが国にとっても、それに全世界にとっても非常に重要で意義であると考えている』 続いて、トルコの文化観光大臣、外務大臣、イスタンブール市長、ユネスコ総会議長、第40回世界遺産委員会イスタンブール会議議長、ユネスコ執行委員会議長、トルコ・ユネスコ国内委員会総裁が挨拶した。 イスタンブール市長のカディル・トプバシュ氏は、この世界遺産委員会の重要性に触れ、「世界遺産都市である1600万人の人口を有するイスタンブル市は、利便性と世界遺産の保護のバランスをつねに配慮している」と述べた。 続いて、世界遺産委員会のユース・フォーラム活動のビデオ上映後、ユース・フォーラム宣言を採択した。 続いて、ユネスコのイリナ・ボコバ事務局長は、トルコのスーフィー音楽家で、世界的なネイ奏者であるクツィ・エルグネル氏(Mr.Kudsi Erguner)を、芸術文化を通じて世界の平和の大切さを国際的に伝えていくユネスコ平和芸術家に任命した。 今年の世界遺産委員会も限られた時間の会期の日程のなか、基本的には、議案の番号順に議事進行された。会議は、朝9時から9時30分まで、ビューロー・ミーティング、世界遺産委員会は、午前9時30分から13時まで、13時から15時まで昼食、午後は、15時から18時30分まで行われる。英語或はフランス語での1日の審議時間は、実質7時間であった。 まず、「危機にさらされている世界遺産リスト」に登録されている全物件48件の保全管理状況の報告が延々と続き議論が行われた。改善措置が講じられたものは、危機遺産リストから解除される。一向に改善措置が講じられず、世界遺産登録時の「完全性」が損なわれた場合には、「世界遺産リスト」から抹消される場合がある。 〇Historical Monuments of Mtskheta(Georgia)➡ 改善措置が講じられた為、危機遺産リストから解除 次に、既に「世界遺産リスト」に登録されている物件のうち今年は日本の「富士山」など108件の保全管理状況の報告が延々と続き議論が行われた。 2013年の第37回世界遺産委員会プノンペン会議での「富士山-信仰の対象と芸術の源泉-」の登録決議の際に義務づけられた、今回の世界遺産委員会での保全状況報告、①文化的景観のアプローチを反映した登録遺産の全体ビジョン ②来訪者戦略 ③登山道の保全方法 ④モニタリングなどの情報提供戦略 ⑤富士山の噴火、或は、大地震などの環境圧力、新たな施設や構造物の建設などの開発圧力、登山客や観光客の増加などの観光圧力など、さまざまな危険に対する危機管理計画に関する進展状況 ⑥管理計画の全体的改定などに関する議論が注目され、下記の決議案が示された。 39. Fujisan, sacred place and source of artistic inspiration (Japan) (C 1418) Draft Decision: 40 COM 7B.39 The World Heritage Committee, 1. Having examined Document WHC/16/40.COM/7B, 2. Recalling Decision 37 COM 8B.29, adopted at its 37th session (Phnom Penh, 2013), 3. Acknowledges the well-detailed and informative progress report from the State Party on work undertaken to address the requests of the Committee at the time of inscription; 4. Welcomes the considerable efforts and progress made by the State Party in putting in place an inter-disciplinary and sustainable management system that draws in local communities and considers both the property and its buffer zone as an overall cultural landscape unit; 5. Also welcomes the focus on bringing together experts and communities, cultural and natural dimensions, spiritual and recreational needs, conservation and development; 6. Also acknowledges the significant coordination between the many authorities involved in the property in taking this work forward and considers that if the momentum is to be maintained, there will be a need for strong coordination from the Fujisan World CulturalHeritage Council and effective sharing of information; 7. Also considers that the approach being promoted provides an excellent example of how the management of a property can deal not only with conservation, but can add value through enhancing cultural identities and social responsibilities; 8. Encourages the State Party, the World Heritage Centre and the Advisory Bodies to findopportunities to share Fujisan’s practices with other extensive cultural landscapes thatface similar conservation and management challenges; 9. Requests the State Party to submit to the World Heritage Centre, by 1 December2018, an updated report on the state of conservation of the property and theimplementation of the above, for review by the Advisory Bodies. 世界遺産委員会は、2013年の世界遺産登録時には、開発が盛んに行われ、年間20万~30万人に上る登山者の混雑が常態化していることを問題視。観光と環境保全を両立させる全体構想や混雑緩和のための来訪者管理戦略を定めるとともに、信仰の対象や芸術作品の題材とされてきた歴史と個々の景勝地の関係などについて情報提供を強化するよう求めていた。 保全状況報告書では、これに対応し、山梨県が富士五湖周辺の開発抑制を目指す条例を定めたことを説明し、1日当たりの登山者の適正数を2018年7月までに定める方針を明記。山梨県・静岡県に整備する世界遺産センターを中心に、歴史研究や情報提供などを進めていく計画も盛り込んだ。 世界遺産委員会は、保全状況報告報告書の内容を高く評価して承認、計画の進展状況について、次回は2018年12月1日までに報告するよう求めた。 また、ユネスコの諮問機関イコモスが示した「富士山の山麓にあったとされる村山古道など昔の巡礼路を早く特定し、保全する必要がある」との意見を紹介。富士山と同様な世界遺産の保全の課題を抱える国々との取り組みを共有することも提案した。 世界遺産委員会は、各国の登録遺産の保全状況を、原則として6年に1度、審査するが、保全面で懸念がある富士山については、世界遺産登録3年後に1回目の審査をすることを決めていた。 保全管理状況が悪いものは、「危機にさらされている世界遺産リスト」(略称 危機遺産リスト)に登録される。今回は、下記の物件が候補に挙がっていた。 Dja Faunal Reserve (Cameroon) Talamanca Range—La Amistad Reserves / La Amistad National Park (Costa Rica/Panama) Lower Valley of the Omo (Ethiopia) Old Towns of Djenné (Mali) 治安問題 ➡ 危機遺産 Kathmandu Valley (Nepal) Historic Centre of Shakhrisyabz (Uzbekistan) 観光インフラの過度の開発、景観問題 ➡ 危機遺産 Dong Phayayen-Khao Yai Forest Complex (Thailand) これらに加えて、リビアの下記の5つの世界遺産がすべて、危機遺産リストに登録されることになった。 Archaeological Site of Cyrene(Libya) 内紛 ➡ 危機遺産 Archaeological Site of Leptis Magna(Libya) 内紛 ➡ 危機遺産 Archaeological Site of Sabratha(Libya) 内紛 ➡ 危機遺産 Rock-Art Sites of Tadrart Acacus(Libya) 内紛 ➡ 危機遺産 The Old Town of Ghadamès(Libya) 内紛 ➡ 危機遺産 それに、下記の今回の新登録関係で、ミクロネシア初の世界遺産 ナン・マドール:東ミクロネシアの祭祀遺跡(Nan Madol: Ceremonial Center of the Eastern Micronesia)が登録決議されると同時に危機遺産になった。 マングローブなどの繁茂や遺跡の崩壊 ➡ 危機遺産 続いて、関心の高い新登録関係、第40回世界遺産委員会イスタンブール会議の候補物件(2014年2月2日~2015年1月30日 受理分)は、次の27件であったが、登録の可否は、下記の様になった。 昨年もそうであったが、専門機関が登録延期勧告したものが、逆転し登録決議となったものが目についた。 世界遺産がまだない、ミクロネシア、アンティグア・バーブーダからの初登録は期待通り登録された。 今年の日本からの推薦候補の本命は、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」であった。しかし、2016年2月、イコモスの事前評価の内容(教会群よりも禁教時代の遺跡群の価値を評価?)を受けて、一旦、登録推薦書類を取り下げて、書類を修正後、2018年以降の登録をめざすことになった。 従って、「国立西洋美術館」(「ル・コルビュジエの建築作品−近代建築運動への顕著な貢献−」( L’oeuvre architecturale de Le Corbusier– Une contribution exceptionnelle au Mouvement Moderne– )の構成資産の一つ)の審議の行方が、日本関係では中心になった。 近代建築といえば、ドイツの建築家・都市計画家であるブルーノ・タウト(1880~1938年)の作品であるドイツの「ベルリンのモダニズムの集合住宅」(文化遺産 2008年登録)、同じくドイツの建築家であるヴァルター・グロピウス(1883~1969年)の作品であるドイツの「ベルリンのモダニズムの集合住宅」(文化遺産 2008年登録)、「ワイマールおよびデッサウにあるバウハウスおよび関連遺産群」(文化遺産 1996年登録)、「アルフェルトのファグス工場」(文化遺産 2011年)、同じくドイツの建築家であるミース・ファン・デル・ローエ(1886~1969年)の作品であるチェコの「ブルノのトゥーゲンハット邸」(文化遺産 2001年登録)、フランスで活躍した建築家・オーギュスト・ペレ(1874~1954年)の作品である「オーギュスト・ペレによって再建されたル・アーヴル」(文化遺産 2005年登録)、スペインの建築家・アントニ・ガウディ(1852~1926年)の作品である「アントニ・ガウディの作品群」(文化遺産1984年/2005年)、オランダの建築家・ヘリット・リートフェルト(1888~1964年)の作品である「リートフェルト・シュレーダー邸」(文化遺産 2000年登録)、ベルギーの建築家・ヴィクトール・オルタ(1861-1947年)の作品である「ブリュッセルの建築家ヴィクトール・オルタの主な邸宅建築」(文化遺産 2000年登録)、メキシコの建築家・都市計画家・ルイス・バラガン(1902~1988年)の作品である「ルイス・バラガン邸と仕事場」(文化遺産 2004年登録)、ブラジルの建築家・オスカー・ニーマイヤー(1907~2012年)と同じくブラジルの建築家・都市計画家・ルシオ・コスタ(1902~1998年)の作品である「ブラジリア」(文化遺産 1987年登録)は、既に、世界遺産リストに登録されている。 ル・コルビュジエ(Le Corbusier 1887〜1965年 本名:シャルル・エドゥアール・ジャンヌレ(Charles Edouard Jeanneret) ル・コルビュジエという名前は、雑誌「エスプリ・ヌーヴォー」上で使用したペンネーム)は、フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエと共に「近代建築の三大巨匠」と称えられるパリを拠点に活躍した建築家・都市計画家である。 建築・都市計画のみならず絵画、彫刻、家具などの制作にも取り組み、小住宅から国連ビルの原案まで幅広い創作活動を展開した。 合理的,機能的で明晰なデザイン原理を絵画、建築、都市等において追求し、20世紀の建築、都市計画に大きな影響を与えた。 「ル・コルビュジエの建築作品」は、世界各地に所在する彼の建築作品のうち、7カ国(フランス・スイス・ドイツ・ベルギー・日本・アルゼンチン・インド)に所在する17の構成資産(フランス(10資産)、スイス(2資産)、ドイツ(1資産)、ベルギー(1資産)、日本(1資産)、アルゼンチン(1資産)、インド(1資産))について、一括して世界遺産に登録しようとするものである。 「ル・コルビュジエの建築作品」は、フランスの推薦枠によって行われている。「ル・コルビュジエの建築作品」は、2008年(平成20年)に最初に推薦し、2009年(平成21年)の世界遺産委員会において「情報照会」決議(イコモスの事前評価は「登録延期」勧告)となった。これを受けて、2011年(平成23年)に追加情報の提出を行い、同年の世界遺産委員会において「登録延期」決議(イコモスの事前評価は「不登録」勧告)となっていた。 「ル・コルビュジエの建築作品」の「顕著な普遍的価値」は、イコモスとの対話を踏まえて、登録基準(ⅱ)(ⅵ)に基づき推薦されたが、登録基準(i)の価値も評価され、2016年7月現地時間17日午前10時54分頃(日本時間17日午後4時54分頃)に審議が始まり、11時14分頃(日本時間17日午後5時14分頃)、約20分間で結審、登録決議された。 (i)人間の創造的才能を表す傑作 ル・コルビュジエの作品群は、20世紀建築において新たな問題を探り、前例のない答えを見出した。ル・コルビュジエの創造的才能は、住宅から都市計画まで幅広くその作品に見られ、単に独創的な創造物にとどまらず、世界中の建築や都市計画が採用する解決策を先取りした。 (ⅱ)ル・コルビュジエの建築が全世界に与えた大きな影響力 ある期間にわたる価値観の重要な交流を示す。ル・コルビュジエは、新しい建築の概念を広め20世紀における世界中の建築に大きな影響を与えた。 国立西洋美術館本館(The National Museum of Western Art 東京都台東区上野公園 地上3階、地下1階の鉄筋コンクリート造り、延床面積 約4400m2、1959年(昭和34年)に完成。運営は、独立行政法人国立美術館、2007年(平成19年)に国の重要文化財)は、ル・コルビュジエが日本に残した唯一の建築作品でピロティと呼ばれる柱で支えられた開放的な空間、らせん状の回廊、それに自然光を利用した建築様式など、随所にコルビュジエの特徴的な設計が施されてなど、彼の作品のアジアへの影響の証左であるとともに、国立西洋美術館がアジアに与えた影響も大きい。 (ⅵ)建築によるアイデア(思想)の具現化 ル・コルビュジエの作品は「近代建築運動」という「顕著な普遍的価値」を有する思想と直接関連している。国立西洋美術館については、平面計画、動線計画、空間構成などに渦巻き状に建築を拡張できる「無限発展美術館」というル・コルビュジエの建築的思想が顕著に示されている。 決議案は、下記の通りであった。 Draft Decision: 40 COM 8B.31 Inscribes The Architectural Work of Le Corbusier,an Outstanding Contribution to the ModernMovement, Argentina, Belgium, France,Germany, India, Japan and Switzerland, on theWorld Heritage List on the basis of criteria (ii) and(vi) Recommends that the States Parties, with the support of ICOMOS if requested, give consideration to the following: a) developing short and longer term mitigationmeasures to address the adverse impacts ofrecent development at Ronchamp and Molitor,including consideration of removal of the new constructions within a defined timeframe, b) introducing the Heritage Impact Assessment procedures for proposed development at allcomponent sites, c) developing monitoring indicators for all component sites, d) developing agreed overall conservation approaches and procedures for the series, e) considering how the power of the Standing Conference might be refined to allow full understanding by all States Parties of majordevelopment proposals in all component sites, in relation to their potential impact on the overall series, f) submitting the Management plan for Chandigarh, g) progressing with the Conservation Plan fo Chandigarh, h) clarifying the protection of the buffer zone forMaison Guiette, i) clarifying the implications of the new Heritage Law in France, j) submitting proposals from the Standing Conference on the approach to any furtherextensions to the series and on its ultimate scope; Requests the State Party to submit to the World Heritage Centre by 1 December 2017 a report on the above-mentioned recommendations for examination by the World Heritage Committee at its 42nd session in 2018. フランク・ロイド・ライトによる近代建築の主要作品群(Key Works of Modern Architecture by Frank Lloyd Wright <構成資産>グッゲンハイム美術館、落水荘、カウフマン邸、ユニティテンプル、ロビー邸、立葵の家、バーンズドール邸、タリアセン、ジェイコブス邸、タリアセンウェスト、プライスタワー、マリン郡庁舎 ) については、専門機関のICOMOSの事前評価では、登録延期勧告であったが、「顕著な普遍的価値」(OUV)を持つ可能性を認めたものの、構成資産全体については証明が不十分であるとして、結果的に、情報照会決議になった。 2016 年1月にユネスコ世界遺産センターに申請した下記の「紀伊山地の霊場と参詣道」(文化遺産 2001年登録)の登録範囲の拡大(軽微な変更)の提案は、申請通り、承認される見通しであったが、クーデター未遂事件の影響で、登録範囲の変更、オペレーショナル・ガイドラインズの改定等の審議未了の事項については、この10月24~26日に開催されるパリのユネスコ本部での審議に持ち越されることになった。 <内訳> 下記の22 地点(登録面積 11.1ha 増、参詣道延長 40.1km 増 ※主な地点) 熊野参詣道 中辺路 9 地点(※潮見峠越、かけぬけ道、阿須賀王子跡) 熊野参詣道 大辺路 9 地点(※タオの峠、飛渡谷道、鬪雞神社) 高野参詣道 4 地点(※黒河道、女人道、三谷坂(丹生酒殿神社)) (注)新たに登録資産保有市町は、橋本市、上富田町、串本町の1市2町 決議案は、下記の通り、示されていた。 Draft Decision: 40 COM 8B.40 The World Heritage Committee, 1. Having examined Documents WHC/16/40.COM/8B.Add and WHC/16/40.COM/INF.8B1.Add, 2. Approves the proposed minor modification of the boundaries of the Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range, Japan; 3. Recommends that the State Party clarify whether other modifications of a similar nature are being considered. 尚、通常の来年2017年の第41回世界遺産委員会は、ポーランドの世界遺産都市であるクラクフで開催される予定である。 オペレーショナル・ガイドラインズ(世界遺産条約履行の為の作業指針)の改定、2015年の第39回世界遺産委員会ボン会議では合意には至らなかった、第61項の新規推薦に係る審議の数的制限についての決議案、①1締約国につき1年に1件まで ②アップストリーム・プロセス(早い段階での諮問機関のICOMOSやIUCNとの対話等)が明文化されたことにより、一度の世界遺産委員会における審査数の上限数25件(これまでは2004年から45件)の設定の審議も注目されていたが、これも結論は持ち越された。 会期短縮による未決事項は、2016年10月24~26日にパリのユネスコ本部で開催された臨時の世界遺産委員会で、2020年から新登録の審査件数の上限は35件になった。 尚、歴史認識や言葉の解釈(例えば「強制性」や「徴用」<forced to work, forced labor>)の違いなどから、韓国から異議で紛糾した「明治日本の産業革命遺産-製鉄・製鋼、造船、石炭産業-」の世界遺産登録について、情報センターの設置など犠牲者のことを記憶にとどめるガイダンスなど適切な措置を講じること、それに、旧集成館付近の道路拡幅、三重津海軍所跡の橋梁建設に伴う景観問題、韮山反射炉のガイダンス施設などへの対応については、2018年の第42回世界遺産委員会で報告されることになっている。(中国も、三菱石炭鉱業(現在の三菱マテリアル)による中国人強制連行が和解したことを受けて、軍艦島に記念碑を建立する合意事項を日本から報告するよう求める見込みがある) ●Developing as a priority a detailed conservation work programme for 端島(通称:軍艦島) ●Developing a prioritised conservation work programme for the property and its component sites and an implementation programme; ●Defining acceptable visitor threshold levels at each component site to mitigate any potential adverse impacts, commencing with those most likely to be at risk; ●Monitoring the effectiveness of the new partnership-based framework for the conservation and management of the property and its components on an annual basis; ●Monitoring the implementation of the conservation management plans, the issues discussed and the decisions made by the Local Conservation Councils on an annual basis; ●Establishing and implementing an on ongoing training programme for all staff and stakeholders responsible for the day-to-day management of each component to build capacity and ensure a consistent approach to the property’s ongoing conservation, management and presentation; ●Preparing an interpretive strategy for the presentation of the property, which gives particular emphasis to the way each of the sites contributes to Outstanding Universal Value and reflects one or more of the phases of industrialisation; and also allows an understanding of the full history of each site ●Submitting all development projects for road construction projects at 集成館 and 三重津海軍所跡 and for new anchorage facility at 三池港 and proposals for the upgrade or development of visitor facilities to the World Heritage Committee for examination, in accordance with paragraph 172 of the Operational Guidelines; 今回の世界遺産委員会に参加して感じたことは、ユネスコ、それに専門機関のICOMOSやIUCNにとっても、限られた人員、予算のなかで、「管理の限界」に直面しつつあるように思った。 今年2016年の世界遺産の危機遺産比率(55/1052=5.23%)は、過去最悪を記録した。世界遺産は、登録後も、戦争や紛争やテロ、無秩序な開発行為など人為によるもの、また、地震や津波などの自然災害など、あらゆる脅威や危険にさらされ、世界遺産登録時の「顕著な普遍的価値」の要件である「完全性」が損なわた場合には、不名誉なことに、危機遺産リストに登録されることになる。 世界遺産の保全管理は、基本的には、当事国、なかでも、所有・管理者が主体的におこなうもので、ユネスコや専門機関が守ってくれるわけではない。 世界遺産の数の上限数については規定はないが、「世界遺産リスト」の代表性や信頼性を確保していく為にも、新規登録の選定作業よりも、既登録の世界遺産のモニタリングなど保全管理を重視し、危機遺産比率を下げていくことに注力していくべきだと思う。 また、複数国にまたがるシリアル・ノミネーションの保全管理にあたっても、全体の「顕著な普遍的価値」が損なわれないよう、構成資産のある当事国、また、所有管理者間のコミュニケーションを密にし、全体像のなかでの各構成資産の位置づけなどの解説や説明など全体管理を行なう組織が必要だと思う。 7月15日~17日のトルコ・イスタンブールでの「クーデター未遂事件」、「沈黙の30時間」、現地で大変こわい思いをしたが、結果的に、「国立西洋美術館」の世界遺産登録が実現できてよかったと思う。 トルコのことを教訓に、わが国、なかでも、世界遺産都市となる首都東京(Metropolitan Tokyo)の安全管理をいかに図っていくか、今後、世界各地からの観光客が今以上に増加すると思うが、この様な点も踏まえた、危機管理対応策が必要だと思う。 第40回世界遺産委員会イスタンブール会議で、新たに「世界遺産リスト」に登録された物件の概要等については、シンクタンクせとうち総合研究機構発行の世界遺産シリーズ、「世界遺産データ・ブック 2017年版」、「世界遺産事典 2017改訂版」、「世界遺産マップス 2017年版」、「世界遺産ガイド-日本編 2017改訂版」、それに、テーマ別の「世界遺産ガイド」等の中で、今後、逐次ご紹介する。 また、第40回世界遺産委員会イスタンブール会議での審議を通じて感じたこと、それに、今後の日本の世界遺産登録の見通し、今後の世界遺産の課題や展望については、 「世界遺産講座」や講演、シンポジウム、それに、各種メディアでの論述、論稿などでコメントする。 古田陽久 |
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パリ16区の高級住宅地にあるラ・ロッシュ・ジャンヌレ邸にて 古田陽久 |
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ポルト・モリト―の集合住宅にて 古田真美 |
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第40回世界遺産委員会イスタンブール会議 候補物件 |
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自然遺産関係 1. Mistaken Point (Canada) ➡ I 登録決議 2. Hubei Shennongjia (China) ➡ I 登録決議 3. Techno-volcanic Ensemble of the Chaîne des Puys and Limagne Fault (France) 4. Lut Desert (Islamic Republic of Iran) ➡ (逆転)I 登録決議 5. Western Tien Shan (Kazakhstan, Kyrgyzstan, Uzbekistan) ➡ (逆転)I 登録決議 6. Archipiélago de Revillagigedo (Mexico) ➡ I 登録決議 7. Sanganeb Marine National Park and Dungonab Bay—Mukkawar Island National Park (Sudan) ➡ I 登録決議 8. Kaeng Krachan Forest Complex (Thailand) ➡ 事前撤回 9. Mountain Ecosystems of Koytendag (Turkmenistan) 複合遺産関係 1. Pimachiowin Aki (Canada) ➡ R情報照会決議 2. Ennedi Massif: Natural and Cultural Landscape (Chad)➡ (逆転)I 登録決議 3. Khangchendzonga National Park (India) ➡ I 登録決議 4. The Ahwar of Southern Iraq: Refuge of Biodiversity and the Relict Landscape of the Mesopotamian Cities (Iraq) ➡ (逆転)I 登録決議 文化遺産関係 1. Antigua Naval Dockyard and Related Archaeological Sites (Antigua and Barbuda) ➡ I 登録決議 2. The Architectural Work of Le Corbusier, an Outstanding Contribution to the Modern Movement (Argentina, Belgium, France, Germany, India, Japan, Switzerland) ➡ I 登録決議 3. Stećci—Medieval Tombstones (Bosnia and Herzegovina, Croatia, Montenegro, Serbia) ➡ (逆転)I 登録決議 4. Pampulha Modern Ensemble (Brazil) ➡ I 登録決議 5. Zuojiang Huashan Rock Art Cultural Landscape (China) ➡ I 登録決議 6. Archaeological Site of Philippi (Greece) ➡ I 登録決議 7. Excavated Remains of Nalanda Mahavihara (India) ➡ (逆転)I 登録決議 8. Persian Qanat (Islamic Republic of Iran) ➡ (逆転)I 登録決議 9. Nan Madol: Ceremonial Centre of Eastern Micronesia (Federated States of Micronesia)[Proposed for simultaneous inscription on the List of World Heritage in Danger] ➡ I 登録決議 10. Archaeological Site and Historic Centre of Panamá City [Significant boundary modification of the Archaeological Site of Panamá Viejo and Historic District of Panamá] (Panama) 11. Antequera Dolmens Site (Spain) ➡ I 登録決議 12. Archaeological site of Ani (Turkey) ➡ (逆転)I 登録決議 13. Gibraltar Neanderthal Caves and Environments (United Kingdom) ➡ I 登録決議 14. Key Works of Modern Architecture by Frank Lloyd Wright (United States of America) ➡ R情報照会決議 |
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<注> 専門機関の勧告区分 I=記載(登録)勧告 R=情報照会勧告 D=記載(登録)延期勧告 N=不記載(不登録)勧告 OK=承認勧告(登録範囲の拡大など) NA=不承認勧告(登録範囲の拡大) 世界遺産委員会の決議区分 I=記載(登録)決議 R=情報照会決議 D=記載(登録)延期決議 N=不記載(不登録)決議 OK=承認決議(登録範囲の拡大など) NA=不承認決議(登録範囲の拡大) |
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