「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」をユネスコ世界遺産に!

地域の「たからもの」から世界の「たからもの」へ

計り知れない困難や苦難を克服した「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」










 「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の世界遺産登録をめざしたシンポジウムに招かれ、長崎県の五島市を訪れました。五島に来るのは二度目で、2007年9月に、大型クルーズ船パシフィック・ヴィーナスで、日本を一周した際に、屋久島に行く途上に、福江港に寄港しました。

 五島列島には、約50の教会があり、その内、五島市内では、旧五輪教会堂、江上天主堂の二つの教会が、新上五島町<南松浦郡>では、頭ヶ島天主堂、小値賀町<北松浦郡>では、野崎島の野首・舟森集落跡が、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の構成資産(注)1になっています。

 五島の教会群は、離島に立地していることが幸いしてか、教会のある集落とリアス式海岸や多島海が展開する西海国立公園の島々、海岸、入り江、つばき林などの自然環境と調和した、美しい文化的景観が、今もなお、残されています。

 キリシタン教の弾圧下の1797年、五島藩主が大村藩に開拓移民の受け入れを申し入れたため、外海から多くのカトリック信者が五島列島に渡ったと言われています。

 「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」は、長崎市、佐世保市、平戸市、五島市、南島原市、小値賀町、新上五島町に立地する国宝の「大浦天主堂」(正式名称:「日本二十六聖殉教者天主堂」)などの教会群とキリスト教関連遺産からなります。

 日本におけるキリスト教は、1549年に、フランシスコ・ザビエルによって、布教が開始され、長崎には翌年の1550年に伝えられました。現在では、日本の各地にキリスト教の教会がありますが、とりわけ、長崎県には、高密度に、教会群とキリスト教関連遺産が集積しているのが特色です。

 「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を世界遺産にする為には、その「顕著な普遍的価値」を証明しなければなりません。該当する登録基準とその根拠、真正(真実)性、完全性、他の類似物件との比較などの観点から登録要件を満たしていなければならず、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の独自性を明らかにすることによって、その正当性を証明しなければなりません。

 2016年2月現在、1031の物件が世界遺産リストに登録されています。その内、文化遺産は、物件で、キリスト教の教会に関わるものは、数多く、世界遺産リストに登録されています。なかでも、教会群と訳すことのできる既登録物件には、

 ●ラリベラの岩の教会群(エチオピア) I ii iii  1978年
 ●ゴアの教会群と修道院群(インド) ii iv vi  1986年
 ●フィリピンのバロック様式の教会群(フィリピン)  ii iv  1993年
 ●モルドヴィア地方の教会群(ルーマニア) ii v 1993年
 ●トランシルヴァニア地方にある要塞教会群のある集落(ルーマニア) iv 1993年1999年
 ●マラムレシュの木造教会群(ルーマニア) iv 1999年
 ●ボイ渓谷のカタルーニャ・ロマネスク教会群(スペイン)  ii iv  2000年
 ●エチミアジンの聖堂と教会群およびスヴァルトノツの考古学遺跡(アルメニア) ii iii  2000年
 ●チロエ島の教会群(チリ )ii iii  2000年などがあります。

 また、中国の「マカオの歴史地区」(2005年)の様に、世界遺産リストに登録されている歴史地区や旧市街の中には、キリスト教の教会や聖堂が含まれている場合が多々あります。

 或は、世界遺産ではないが、日本国内の、例えば、「函館の教会群」などとの比較適格性の説明も必要です。

 それでは、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」がこれらとどの様に違うかということですが、神道・仏教の国である日本において、キリスト教という新興宗教が、伝来、繁栄、禁教、弾圧、潜伏、復活と計り知れない困難や苦難を乗り越え、日本国内の各地で、独自に発展を遂げ、今日に至っている点だと思います

 また、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」は、キリスト教禁教下の1597年2月5日(慶長元年12月19日)に豊臣秀吉の命令によって磔(はりつけ)の刑に処せられた長崎市の「日本二十六聖人(注)2殉教地」(西坂公園)、五島市の「牢屋の窄教会」などにも見られる様に、「負<ふ或はマイナス>の遺産」(注)2の側面も有している反面、弾圧と迫害を苦難を克服して「信教の自由」を勝ち取った遺産であるということです。

 この種の遺産としては、南アフリカの「ロベン島」が有名ですが、南ア政府のアパルトヘイト(人種隔離)政策に対して、不撓不屈の精神で、人種差別や人権抑圧などの苦難を乗り越えて民主主義と自由を勝ち取った顕著な事例で、争点は異なりますが、人間の強い意志(意思)など「精神的価値」という点では、共通点を見出すことができます。

 「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が、既に世界遺産になっているキリスト教関連の他の類似物件との比較において、比類のない特色や特徴などの独自性はないが、キリスト教が弾圧され迫害下にあった時代の遺跡群に、その特色や特殊性を見いだせるのだとすれば、長崎という地域に特化することなく、「日本における禁教・弾圧下のキリスト教遺跡群」として登録するのも一つの考え方です。

 日本へのキリスト教の伝播は、キリスト教という宗教だけではなく、キリスタン文化をもたらしたばかりではなく、教育、福祉などの社会貢献活動等を通じて、日本の社会に計り知れない貢献をしてきたことです。そのことの顕著な見本が構成資産の中に見出すことが出来ます。

 今後の世界遺産登録に向けては、世界遺産リストへの登録をゴールとすることなく、このかけがえのない文化遺産を未来世代へと責任をもって継承していく為に、恒久的な保存管理措置を講じていかなければなりません。なかでも、「環境」と「景観」は、ここにおいても、世界遺産登録に向けての普遍的なキーワードになる様に思います。

 世界遺産条約の目的は、世界遺産の保存・継承が目的であり、観光等の利活用が、目的ではありません。保存と活用のバランスをいかにはかっていくかは、世界遺産地共通の課題でありますが、持続可能な地域づくりとまちづくりにつながるものでなければなりません。とりわけ、この物件の場合には、「信仰(祈り)の場」と「観光」との共生、それに、交流のあり方が問われると思います。

 世界遺産登録前後に、地域やまちに、どの様な変化が予想されるのか、また、台風、洪水、地震などの自然災害、火災、盗難、落書き、無秩序な観光入込み-観光圧力-などの人為災害など「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」に及ぼす脅威や危険など中長期的な危機管理対応策も考えておく必要があり、行政と住民との間での役割分担による協働(コラボレーション)が、きわめて大切です。それに、地域住民、それに、外来者にとって、最低、これだけのことは守って欲しいといった約束事、すなわち、実効性のある条例、モラル・コードなどのルールも必要だと思います。

 なかでも、世界遺産登録の実現に向けて、地域の「たからもの」から世界の「たからもの」にしていくプロセスを大事にして欲しいと思います。すなわち、行政と住民とがスクラムを組み協働していく共同作業こそが、真のまちづくりにつながるものと確信しています。



                                                                     古田陽久


<改訂記録>

初版   2008年2月17日
第1改訂 2016年2月6日



(注)1.構成資産(城跡、集落、教会建築)

●日野江城跡(長崎県南島原市)
●原城跡(長崎県南島原市)
キリスト教再興を目的とした日本の歴史上最大規模の一揆である島原の乱
16371211日〜1638412日 島原・天草の乱、島原・天草一揆とも呼ばれる。キリスト教徒の最高指導者は、益田時貞<通称:天草四郎時貞>)の舞台

●平戸の聖地と集落(春日集落と安満岳)(長崎県平戸市)
●平戸の聖地と集落(中江ノ島)(長崎県平戸市)
●天草のア津集落(熊本県天草市)
●野崎島の野首・舟森集落跡(長崎県北松浦郡小値賀町)
●大浦天主堂と関連施設(長崎県長崎市)
豊臣秀吉のキリシタン禁教令で処刑された26人の殉教者のため「日本26聖殉教者天主堂」として建設された。1864年竣工で、正式名称は「日本26聖殉教者天主堂」。キリシタン禁教令に屈せず260年にわたり信仰を守り続けてきた信徒発見の舞台になった教会堂。
●旧五輪教会堂(長崎県五島市)

●出津教会堂と関連施設(長崎県長崎市)
●大野教会堂(長崎県長崎市)
●黒島天主堂(長崎県佐世保市)
●田平天主堂(長崎県平戸市)
●江上天主堂(長崎県五島市)
頭ヶ島天主堂(長崎県南松浦郡新上五島町)


(注)2.日本二十六聖人

 ○伊勢のフランシスコ  日本人大工。
 ○コスメ竹屋  日本人。
 ○ペトロ助四郎(またはペドロ助四郎)  日本人。
 ○ミカエル小崎(またはミゲル小崎)  日本人。トマス小崎の父。
 ○ディエゴ喜斎  日本人。
 ○パウロ三木  日本人。
 ○パウロ茨木  日本人。レオ烏丸の兄。
 ○五島のヨハネ草庵(またはヨハネ五島)  日本人。
 ○ルドビコ茨木  日本人。パウロ茨木、レオ烏丸の甥。
 ○長崎のアントニオ  日本人。父は中国人、母は日本人。
 ○ペトロ・バウチスタ(またはペドロ・バプチスタ)  スペイン人。フランシスコ会司祭。
 ○マルチノ・デ・ラ・アセンシオン  スペイン人。フランシスコ会司祭。
 ○フェリペ・デ・ヘスス(またはフィリッポ・デ・ヘスス)  メキシコ人。フランシスコ会修道士。
 ○ゴンザロ・ガルシア  ポルトガル人。フランシスコ会修道士。
 ○フランシスコ・ブランコ  スペイン人。フランシスコ会司祭。
 ○フランシスコ・デ・サン・ミゲル  スペイン人。フランシスコ会修道士。
 ○マチアス  日本人。
 ○レオ烏丸  日本人。パウロ茨木の弟。
 ○ボナベントゥラ  日本人。
 ○トマス小崎  日本人。ミカエル小崎の子。
 ○ヨアキム榊原(またはホアキン榊原)  日本人。
 ○医者のフランシスコ  日本人。
 ○トマス談義者  日本人。
 ○絹屋のヨハネ  日本人。
 ○ガブリエル  日本人。
 ○パウロ鈴木  日本人。

(注)3.負<ふ或はマイナス>の遺産(Legacy of Tragedy)

 世界遺産は,本来,人類が残した偉大で賞賛すべき,顕著な普遍的価値を持つ真正なものばかりであるが,逆に,人類が冒した,二度と繰り返してはならない悲劇の証左ともいえる「負の遺産」もある。これらには,植民地主義時代の列強による奴隷貿易基地となったセネガルの「ゴレ島」,先住民にとっては隷属の象徴であったボリビアの「ポトシ銀山」,先住民から略奪した金,銀,財宝が積み出されたコロンビアの「カルタヘナ」,暗黒の奴隷時代を現在に伝えるキューバの「インへ二オス渓谷」、ゲレザ(牢獄)の要塞などが残るタンザニアの「キルワ・キシワーニ」、第二次世界大戦中,罪なき多くの人々が大量虐殺されたポーランドの「アウシュヴィッツ・ビルケナウのナチス・ドイツ強制・絶滅収容所(1940‐1945)」,核兵器の惨禍を如実に物語る「広島平和記念碑(原爆ドーム)」などがあります。


(備考)私とキリスト教との関わりですが、仕事柄、海外の教会に立ち寄ることは多く、敬虔な信者の方々の様子を拝見することが多く、祭壇等の写真撮影等には、特に、気をつかっています。また、キリスト教の俄か信者で、クリスマスは幼少の頃から楽しんでいますし、結婚式も、横浜の山手教会で、挙げました。妻と長女は、プロテスタントの大学、次男はカソリックの中・高校にお世話になり、卒業式も、キリスト教の儀式に則ったものでした。また、12月24日には、カトリック幟町教会世界平和記念聖堂での主の降誕祭前夜ミサに参加する様にしています。







<参考文献>

世界遺産データ・ブック 2016年版
世界遺産事典−1031全物件プロフィール−2016改訂版
世界遺産ガイド−日本編−2016改訂版
世界遺産ガイド−人類の負の遺産と復興の遺産編−
世界遺産入門−平和と安全な社会の構築−
誇れる郷土データブック−地方の創生と再生−2015年版








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