ウクライナのユネスコ遺産 |
要 旨
2022年2月24日のロシア連邦の軍事侵攻によって、ウクライナは危機的な状況にある。長年、「ユネスコ遺産」(「世界遺産」「世界無形文化遺産」「世界の記憶」)を研究してきた観点から、メディアではあまり取り上げられることのないウクライナのユネスコの「世界遺産」、「世界無形文化遺産」、「世界の記憶」にはどんなものがあるのかを、まず、知ることが大切で、人類の英知を結集して、危機にさらされているウクライナの貴重な自然遺産、有形・無形の文化遺産、文書類などの記録遺産を守りたいものである。
本稿では、ウクライナとはどういう国なのか、ユネスコとはどの様な国際機関なのか、そして、本題のウクライナのユネスコ遺産、すなわち、世界的に「顕著な普遍的価値」を有する「世界遺産」、グローバル化、担い手の高齢化、後継者難などによって失われつつある「世界無形文化遺産」、われわれ人類にとって忘れてはならない「世界の記憶」にはどの様なものが登録されているのか、一方において、ロシア連邦のユネスコ遺産についても知っておきたい。
次に、「戦争」や「紛争」が原因で「危機にさらされている世界遺産リスト」に登録されているアフガニスタン、イラク、シリア、リビアなどの世界遺産の事例をレビューし、武力紛争の際に文化財を保護するため、締約国が、平時において適当な措置をとること、武力紛争の際に文化財を尊重すること等を定めている1954年の「武力紛争の際の文化財保護条約」(ハーグ条約)をリマインドすると共に、今年の第45回世界遺産委員会は、当初、2022年6月19日~30日にロシア連邦のカザン市で開催される予定であったが、議長国がロシア連邦で、議案の一つに、ウクライナの世界遺産を「危機にさらされている世界遺産リスト」への登録の可否も審議する異常な状況から延期せざるを得なくなった。
キーワード:ウクライナ、ユネスコ、ロシア連邦、世界遺産、世界無形文化遺産、世界の記憶、
危機にさらされている世界遺産、武力紛争の際の文化財保護条約、緊急的な保護措置
1.背景と目的
2.ウクライナとは
3.ユネスコとは
4.ウクライナのユネスコ遺産
4-1 世界遺産
4-2 世界無形文化遺産
4-3 世界の記憶
5.ロシア連邦のユネスコ遺産
6.危機にさらされている世界遺産
8.今年の世界遺産委員会
9.ユネスコなど国際機関の果たすべき役割
10.結論
1.背景と目的
ロシア連邦の軍事侵攻によって、ウクライナは危機的な状況にある。長年、「ユネスコ遺産」(「世界遺産」「世界無形文化遺産」「世界の記憶」)を研究してきた観点から、メディアではあまり取り上げられることのないウクライナのユネスコの「世界遺産」、「世界無形文化遺産」、「世界の記憶」にはどんなものがあるのかを、まず、知ることが大切で、人類の英知を結集して、危機にさらされているウクライナの貴重な自然遺産、有形・無形の文化遺産、文書類などの記録遺産を守りたいものである。
「人命」と同様に、ユネスコ遺産を守っていく為には、私たちはどうすべきなのか、「ウクライナのボルシチ料理の文化」は2023年の第18回無形文化遺産委員会の候補であったにもかかわらず、2022年7月1日にユネスコ本部で開催された第5回臨時無形文化遺産委員会で緊急登録された様に、特に、緊急的な保護措置を機動的に履行できる条約のガイドラインズの運用を望みたい。
2.ウクライナとは
ウクライナという国名は、スラブ語で、辺境・国境地方を意味する「ウクライナ」に由来している。
4世紀頃から東スラブ人が定住していた地に、9世紀頃にバルト海地方からノルマン人(ルーシ人)が南下してキーウ・ルーシ公国を建国したのがはじまりである。
ウクライナは、東はロシア、西はポーランド、スロヴァキア、ハンガリー、南はルーマニア、モルドバ、北はベラルーシと国境を接し、アゾフ海、黒海に沿った海岸線を持っている東ヨーロッパにある国である。
ウクライナの国土のほとんどは、肥沃な平原、草原(ステップ)、高原で占められている。ドニエプル川、ドネツ川、ドニエステル川が横切っており、南のブーフ川とともに、黒海、アゾフ海に注ぎ込んでいる。黒海の北岸にはクリミア半島が突き出しており、ペレコープ地峡でウクライナ本土とつながっている。南西部にあるドナウ・デルタはルーマニアとの国境になっており、ルーマニア側は世界遺産に登録されている。 山岳地帯は、ウクライナの最南端のクリミア山脈と西部のカルパチア山脈だけである。最高峰はカルパト山脈にあるホヴェールラ山(標高2,061m)である。これ以外の地域も平坦というわけではなく、東ヨーロッパの中では比較的起伏の多い地形をしている。
ウクライナは、多民族国家である。主要民族はウクライナ人で、全人口の約8割を占めている。ロシア人は約2割を占め、ほかに少数民族としてクリミア・タタール人、モルドヴァ人、ブルガリア人、ハンガリー人、ルーマニア人、ユダヤ人、高麗人(約1万人)がいる。 ウクライナの首都キーウ(キエフ)市(人口約295万人(2022年2月1日現在))の中心にある「独立広場」(マイダン・ネザレージュノスチ)は、旧ソ連時代には「革命広場」と呼ばれていた。 1991年8月24日,ウクライナは独立を宣言し、1991年12月末のソビエト連邦の崩壊によってウクライナの独立が達成された。日本の京都市とは、1971年以降、姉妹都市の関係にある。 ウクライナの地方行政区画は、24の州(ヴィーンヌィツャ州、ヴォルィーニ州、ドニプロペトロウシク州、ドネツィク州、ジトーミル州、ザカルパッチャ州、ザポリージャ州、イヴァーノ・フランキーウシク州、キーウ州、キロヴォフラード州、ルハーンシク州、リヴィウ州、ムィコラーイウ州、オデッサ州、ポルタヴァ州、リウネ州、スームィ州、テルノーピリ州、ハルキウ州、ヘルソン州、フメリニツキー州、チェルカースィ州、チェルニウツィー州、チェルニーヒウ州)、1つの自治共和国(クリミア自治共和国)と2つの特別市(キーウ特別市、セヴァストポリ特別市)に区画されている。
3.ユネスコとは
ユネスコ(UNESCO=United Nations Educational,
Scientific and Cultural Organization)は、国際連合の教育、科学、文化分野の専門機関である。
人類の知的、倫理的連帯感の上に築かれた恒久平和を実現するために1946年11月4日に設立された。その活動領域は、教育、自然科学、人文・社会科学、文化、それに、コミュニケーション・情報と幅広い。
ユネスコの主な事業としては、教育分野では、持続可能な開発のための教育(ESD) の推進、持続可能な開発目標(SDGs) の推進、自然科学分野では、「生物圏保存地域」(日本では「エコパーク」と呼称)や「ユネスコ世界ジオパーク」の認定など環境・生態学、地質学等、水科学の推進、津波災害の予防減災等、人文・社会科学分野では、生命倫理・科学倫理、スポーツ、文化分野では、世界遺産条約、無形文化遺産条約、その他の「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約」(1954年ハーグ条約) などのユネスコ文化条約、創造都市ネットワーク、コミュニケーション・情報分野では「世界の記憶」の登録などである。
ユネスコの加盟国は、2022年9月現在193か国、準加盟地域12。ユネスコの本部はフランスのパリにあり、世界各地に55か所の地域事務所がある。事務局長は、オードレイ・アズレー氏(Audrey Azoulay フランス前文化通信大臣)である。
4-1 世界遺産
ウクライナは、1988年10月12日に世界では104番目に世界遺産条約を締約、2022年9月現在、ウクライナの世界遺産の数は7件である。ウクライナ最初の世界遺産は、1990年に登録された「キーウの聖ソフィア大聖堂と修道院群、キーウ・ペチェルスカヤ大修道院」、その後、1998年に「リヴィフの歴史地区」、2005年に「シュトルーヴェの測地弧」、2007年に「カルパチア山脈とヨーロッパの他の地域の原生ブナ林群」、2011年に「ブコヴィナ・ダルマチア府主教の邸宅」、2013年には「ポーランドとウクライナのカルパチア地方の木造教会群」と「タウリカ・ケルソネソスの古代都市とそのホラ」の2件が登録された。
世界遺産(World Heritage 仏語 Patrimoine Mondial)とは、人類が歴史に残した偉大な文明の証明ともいえる遺跡や文化的な価値の高い建造物などを保存、そして、この地球上から失われてはならない貴重な自然環境を保護することにより、私たち人類共通の財産を後世に継承していくことが目的である。
1972年11月のユネスコ総会で採択された世界遺産条約に基づいて、「世界遺産リスト」に登録されている世界的に「顕著な普遍的価値」(Outstanding Universal Value)を有する遺跡、建造物群、モニュメント、そして、自然景観、地形・地質、生態系、生物多様性など、国家、民族、人種、宗教を超えて未来世代に引き継いでいくべき、地球と人類の至宝である。
❶「キーウの聖ソフィア大聖堂と修道院群、キーウ・ペチェルスカヤ大修道院」
(Kyiv:Saint-Sophia Cathedral and
Related Monastic Buildings,
Kiev-Pechersk Lavra)
キーウは、ウクライナの首都で、ウクライナの中央部ドニエプル川沿いに開けた町、9世紀末以降、キーウ公国の都として発展した。10世紀末にウラジミール1世がキリスト教を国教と定め、ビザンチン帝国の例にならって聖堂建築の礎が置かれた。聖ソフィア大聖堂は、11世紀初めに、ウラジミール1世の息子ヤロスラフ公により創建された、キーウに現存する最古の教会である。13のドームをもつ多塔型で、内陣には「乙女オランドの像」など11世紀初頭のモザイクやフレスコ画が残っている。キーウ・ペチェールシク大修道院は、洞窟修道院の上に建つ2層構造となっており、ウスベンスキー寺院は約100mの鐘楼をもち、下は地下墳墓と修道院になっており、洞窟を意味する「ペチェラ」がそのまま修道院の名前となった。11世紀の創建で、ロシア正教を代表する修道院である。
❷「リヴィフの歴史地区」(L'viv-the Ensemble of the Historic Centre)
リヴィフは、ウクライナ西部のリヴィフ州の州都で、ヨーロッパの真珠と呼ばれている。「リヴィウ」はウクライナ語で「ライオン」という意味で、その名の通り、町のいたるところにライオンのモチーフがある。イタリアやドイツの都市や建築物と共に、東欧において、8000年以上前の建築学的、芸術的な伝統が融合した顕著な見本である。1256年に、ガリチア公のダニール・ロマノビッチが建設し、以降、ガリチア地方の政治・商業の中心都市としての役割を果たしたリヴィフは、多くの異民族を魅きつけた。
❸「シュトルーヴェの測地弧」(Struve Geodetic Arc)
シュトルーヴェの測地弧は、ベラルーシ、エストニア、フィンランド、ラトヴィア、リトアニア、ノルウェー、モルドヴァ、ロシア、スウェーデン、ウクライナの10か国にまたがる正確な子午線の長さを測るために調査した地点である。現存するエストニアのタルトゥー天文台、フィンランドのアラトルニオ教会など34か所(ベラルーシ 5か所、エストニア
3か所、フィンランド 6か所、ラトヴィア 2か所、リトアニア 3か所、ノルウェー 4か所、モルドヴァ
1か所、ロシア 2か所、スウェーデン 4か所、ウクライナ 4か所)の観測点群が構成資産である。
シュトルーヴェの測地弧は、ドイツ系ロシア人の天文学者、ヴィルヘルム・シュトルーヴェ(1793?1864年 ドルパト大学天文学教授兼同天文台長)を中心に、1816?1855年の約40年の歳月をかけて、ノルウェーのハンメルフェストからウクライナのイズマイルまでの10か国、2820kmにわたって265か所の観測点を設定、地球の形や大きさを調査するのに使用された。
シュトルーヴェは、北部で、ロシアの軍人カール・テナーは、南部で観測、この2つの異なった測定ユニットを連結して、最初の多国間の子午線孤となった。この測地観測の手法は、シュトルーヴェの息子のオットー・ヴィルヘルム・シュトルーヴェ(1819?1905年 プルコヴォ天文台長)等にも引き継がれ、世界の本初子午線の制定などへの偉大なステップとなった。シュトルーヴェの測地弧は、人類の科学・技術史上、顕著な普遍的価値を有するモニュメントである。
④カルパチア山脈とヨーロッパの他の地域の原生ブナ林群
(Primeval
Beech Forests of the Carpathians and Other Regions of Europe)
カルパチア山脈とヨーロッパの他の地域の原生ブナ林群は、当初2007年の「カルパチア山脈の原生ブナ林群」から2011年の「カルパチア山脈の原生ブナ林群とドイツの古代ブナ林群」、そして、2017年の現在名へと登録範囲を拡大し登録遺産名も変更してきた。
「カルパチア山脈の原生ブナ林群」は、ヨーロッパの東部、スロヴァキアとウクライナの両国にわたり展開する世界最大のヨーロッパブナの原生地域で、スロヴァキア側は、ボコヴスケ・ヴルヒ・ヴィホルァト山脈、ウクライナ側は、ラヒフ山脈とチョルノヒルスキー山地の東西185kmにわたって、10の原生ブナ林群が展開し、東カルパチア国立公園、ポロニニ国立公園、それに、カルパチア生物圏保護区に指定され保護されている。ブナ一種の優占林のみならず、モミ、裸子植物やカシなど別の樹種との混交林も見られるため、植物多様性の観点からも重要な存在である。
ウクライナ側だけでも100種類以上の植物群落が確認され、ウクライナ版レッドリスト記載の動物114種も生息している。しかし、森林火災、放牧、密猟、観光圧力などの脅威にもさらされている。2011年の第35回世界遺産委員会パリ会議で、登録範囲を拡大、進行しつつある氷河期以降の地球上の生態系の生物学的、生態学的な進化の代表的な事例であるドイツ北東部と中部に分布する5つの古代ブナ林群(ヤスムント、ザラーン、グルムジン、ハイニッヒ、ケラヴァルト)も登録範囲に含めて、登録遺産名も「カルパチア山脈の原生ブナ林群とドイツの古代ブナ林群」に変更、2017年と2021年に、更に、登録範囲を拡大、登録遺産名もヨーロッパの18か国にまたがる「カルパチア山脈とヨーロッパの他の地域の原生ブナ林群」へと変更してきた。
❺ブコヴィナ・ダルマチア府主教の邸宅(Residence of Bukovinian and Dalmatian Metropolitans)
ウクライナの西部、チェルニウツィー州の州都チェルニウツィー市内を流れるプルト川とその支流の間の高台にある。ブコヴィナ・ダルマチア府主教の邸宅は、1864?1882年にチェコの建築家ヨセフ・フラーフカ(1831?1908年)が建設した建築物群で、建築様式の相乗効果が見事である。邸宅には庭園や公園があり、ドーム状の屋根を持つ神学校と修道院教会とが一体となっている。これらの建築物は、ビザンチン時代からの建築的・文化的な影響を受けたものであり、また、宗教に寛容であったオーストリア・ハンガリー帝国の政策を反映したハプスブルク君主国がこの地を領有していた時代の東方正教会の権勢を具現化したものである。ブコヴィナ・ダルマチア府主教の邸宅の一部は、現在、チェルニウツィー国立大学の歴史文化センターとして利用されている。
❻ポーランドとウクライナのカルパチア地方の木造教会群
(Wooden
Tserkvas of the Carpathian Region in Poland and Ukraine)
ポーランドとウクライナのカルパチア地方の木造教会群は、ポーランドの南部のマウォポルスカ県とポトカルパツキ県、ウクライナの西部のリヴィウ州、イヴァーノ・フランキーウシク州、トランスカルパチア地域にまたがっている。16?19世紀に、東方正教会とギリシャ・カトリックを信仰するコミュニティによって木材を水平に積み上げるログハウス形式で建設された16の構成資産(ポーランド側8、ウクライナ側8)からなる。ポーランドの西カルパチア地方のレムコ型のブルナリー・ブィズネ教会、聖女パラスケヴァ正教会、聖母の御加護教会、聖ヤン正教会、トゥジャニスク教会、ボイコ型のポーランドのスモルニク教会、ウクライナのウズホーク教会、マトゥキーフ教会、北部カルパチア地方のポーランドのハールィチ型のチョティ二エス教会、ラドルス教会、ウクライナのポテルリチ教会、ショークヴァ教会、ロハティン教会、ドロホビチ教会、それに、ウクライナの東カルパチア地方のフツル型のニジニ・ヴェルビス教会、ヤシニア教会からなる。
⑦タウリカ・ケルソネソスの古代都市とそのホラ(Ancient City of Tauric Chersonese and its Chora) タウリカ・ケルソネソスの古代都市とそのホラは、ウクライナの南部、クリミア半島の南西部のヘラクレア半島、セヴァストポリ地域管理区のセヴァストポリ市にある紀元前5世紀?紀元後14世紀の古代都市の遺跡群である。タウリカとは、クリミア半島の古代名で、ケルソネソスは、紀元前5世紀にドーリア人のギリシャ植民地として創建され、その後、黒海地域北部の主要な商業港になった。ケルソネソスは、紀元前4世紀から格子状の計画的な都市づくりが行われ、ギリシャ人がホラと呼んだ後背地の長方形に区画された田園集落に囲まれ、そこでは、輸出用の葡萄や穀物などの畑作農業が営まれていた。タウリカ・ケルソネソスの古代都市とそのホラは、ユカリナ峡谷のホラ、バーマン峡谷のホラ、ベジミャンナヤ高地のホラ、ストレレトスカヤ峡谷のホラ、マヤチニ半島峡部のホラ、マヤチニ半島峡部の第一ホラ、マヤチニ半島峡部の第二ホラ、ヴィノグラドニイ岬第三ホラの9つの構成資産からなる。ギリシャ、ローマ帝国、ビザンチン帝国の領土と変遷し、15世紀には廃墟と化したが、街路、公共や宗教の建造物群、住居区などが19世紀に考古学者により発掘された。その考古学景観から「ウクライナのポンペイ」とも称されている。
また、これから世界遺産登録をめざす世界遺産暫定リストには、「考古学遺跡「石の墓」」、「ウクライナの天文台群」、 「クリミアハンのバフチサライ宮殿」、「6~16世紀のスダク要塞」、「クリミア・ゴートの「洞窟の町」の文化的景観」、「カームヤネツィ・ポジーリシクィイの渓谷の文化的景観
」、「国立デンドロロジー公園「ソフィイイフカ」」、「デルズプロム (州産業ビル) 」、「港町オデッサの歴史地区」、 「9~13世紀のチェルニヒウの歴史地区」、「キーウ: 聖ソフィア大聖堂と関連する修道院群、聖キリル教会と聖アンドリュー教会、キーウ・ペチェールシク大修道院(キーウの聖ソフィア大聖堂と修道院群、キーウ・ペチェルスカヤ大修道院の登録範囲の拡大)」、「ニコラエフ天文台」、「国立ステップ生物圏保護区「アスカニア・ノヴァ」
」、「タラス・シェフチェンコの墓と歴史・自然ミュージアム保護区」、「バフチサライのクリミア・ハン国の首都の歴史的建造物群」、「地中海から黒海へのジェノバ交易道上の交易所群と要塞群」、「黒海からバルト海への道上のチーラ - ビルホロド (アッカーマン)」の17件が記載されている。
尚、ウクライナの自然遺産関係は、ウクライナ環境・天然資源省、文化遺産関係は、ウクライナ文化省が管理している。
4-2 世界無形文化遺産
世界無形文化遺産については、2008年5月27日に世界では96番目に無形文化遺産保護条約を締約、世界無形文化遺産の数は5件である。
世界無形文化遺産(World Intangible Cultural Heritage)は、2003年10月17日のユネスコ総会で採択され2006年4月に発効した無形文化遺産保護条約に基づいて作成された「代表リスト」に記載されている世界各地の類いない価値を有する口承、芸能、儀礼、祭事、伝統工芸技術などの無形文化遺産をいう。
無形文化遺産保護条約は、無形文化遺産の重要性への認識を高め、多様な無形文化遺産を尊重、消滅の危険性がある無形文化遺産を保護することが目的で、2022年9月現在の締約国の数は180か国である。
世界無形文化遺産は、いわば、世界遺産の無形文化遺産版である。無形文化遺産リスト(Intangible Cultural Heritage List)には、世界遺産の「世界遺産リスト」に相当する「代表リスト」(Representative List)と「危機にさらされている世界遺産リスト」に相当する「緊急保護リスト」(Urgent Safeguarding List)の2種類がある。
「代表リスト」には「ウクライナ装飾民俗芸術の事象としてのペトリキフカの装飾絵画」(2013年)、「コシウの彩色陶器の伝統」(2019年)、「オルネック、クリミア・タタール人の装飾と関連知識」(2021年)の3件が登録されている。
❶ウクライナ装飾民俗芸術の事象としてのペトリキフカの装飾絵画
(Petrykivka
decorative painting as a phenomenon of the Ukrainian ornamental folk art)
ウクライナ装飾民俗芸術の事象としてのペトリキフカの装飾絵画は、ウクライナ東部のドニプロペトローウシク州のペトリキフカ村で、家屋の壁や日用品に花や鳥などの自然を描く独特な絵画の伝統工芸技術である。ペトリキフカ村の人たちは、地元の植物や動物を注意深く観察し作品の模様に反映させる。この芸術は、豊かな象徴主義で、雄鶏は、目覚め、鳥類は、明るさ、調和、幸福を表わす。また、絵を描くこと自体が悲しみや悪魔から人々を守ってくれる信仰の対象でもある。地元の人たち、特に、女性は年齢を問わず、この伝統的な民俗芸術に関わっている。あらゆる家族には、少なくとも1人の担い手がおり、日常生活の一部分でもある。地元の学校では、すべての子供にペトリキフカの装飾絵画の基礎を学ぶ機会を与え教える。地域社会は、興味を示す人には誰にでもその技術や秘訣を喜んで教える。装飾芸術の伝統は、歴史的、精神的な記憶を更新させ、地域社会全体の帰属意識を高めている。
❷コシウの彩色陶器の伝統(Tradition
of Kosiv painted ceramics)
コシウの彩色陶器の伝統は、ウクライナの西部、沿カルパッチャ地方イヴァーノ・フランキーウシク州のコシウ市、クティ町、ピスティン村の伝統工芸技術である。コシウの彩色陶器は、白を背景に、緑、黄、茶の3色で彩られている点が特徴である。コシウの彩色陶器には、イヴァーノ・フランキーウシク州を中心とする山岳民族のフツル人の生活、神聖な伝承等が描かれる。
(Ornek、a Crimean Tatar ornament and knowledge about it)
オルネック、クリミア・タタール人の装飾と関連知識は、ウクライナの南部、主にクリミア自治共和国で行われている伝統工芸技術である。オルネックは、クリミア・
タタールの伝統的な模様で、幾何学模様、植物模様の種類があり、服装や食器類などから内装までの飾り模様として使われている。クリミア・タタール人は、クリミア半島に起源を持つテュルク系の先住民族である。オルネックは、刺繍、織物、陶器、彫刻、宝石類、木彫刻、ガラス、壁画などに使用される。オルネックには、全部で約35のシンボルがあり、それぞれに、独特の意味があり、例えば、バラは既婚の女性、ポプラ或はヒノキは大人の男性、チューリップは若い男性、アーモンドは未婚の女性或は少女、カーネーションは年長者、知恵、人生経験、バラの中のチューリップは、恋愛或は男女の結合などを意味する。この様な関連知識と技量は家族やコミュニティ内の熟練した職人によって継承されている。
「緊急保護リスト」には「ドニプロペトロウシク州のコサックの歌」(2016年)と2022年7月1日にユネスコ本部で開催された第5回臨時無形文化遺産委員会で緊急登録された「ウクライナの伝統的なスープ料理「ボルシチ」」(2022年)の2件が登録されている。
❹ドニプロペトロウシク州のコサックの歌(Cossack’s songs of Dnipropetrovsk Region)
ドニプロペトロウシク州のコサックの歌は、ウクライナの中央部、ドニプロペトロウシク州のドニプロペトロウシク地区の町、パウロフラード地区の村々のコミュニティで歌われている、戦争の悲惨さやコサックの兵士との関係などが語られる。コサックとは、ロシア語ではカザークと呼ばれ、「自由な人」、「豪胆な者」を意味するトルコ語に由来する。元々は、ドニエプル川の下流域を活躍の舞台とするタタール人の一団をさした。15世紀には、ロシアとポーランド・リトアニア国家の抑圧、搾取を嫌って、多数の農民、手工業者が南方に逃れ、みずから「自由な人」すなわちコサックと称するようになった。ドニプロペトロウシク州のコサックの歌は、後継者難などの理由から、2006年に「緊急保護リスト」に登録された。
❺ウクライナのボルシチ料理の文化(Culture of Ukrainian borscht cooking)
ウクライナのボルシチ料理の文化は、ウクライナの全地域での主食の一つで、毎日の食事、休日や儀式でのメニューで、キノコ、魚、ピーマンなど地方の特産品を使用し、パンと一緒に食べるボルシチ料理は、ウクライナ料理のシンボルである。ボルシチ料理は、何世紀にもわたって、ウクライナ人の食の伝統を守り食文化を形成した。ボルシチ料理の特色は、地域、都市、地方によって、その名前に反映されている。例えば、キーウのボルシチ、ポルタバのボルシチ、オデーサのボルシチ等、また、特定の環境、例えば、コサックのボルシチ、農民のボルシチ等である。ウクライナのボルシチ料理は、肉汁、或は、鶏肉スープをベースに、ビーツ、じゃがいも、キャベツ、ニンジン、豆、
玉ねぎ、ピーマン、トウガラシ、トマト、ニンニクなどが食材として使用され、社会的慣習、ユーモア、言語、詩、聖歌等にも反映されている。ウクライナのボルシチ料理の文化は、2023年の第18回無形文化遺産委員会で「代表リスト」に登録される予定であったが、今回のロシア連邦の進攻で多くのウクライナ人が国を離れることを余儀なくされるなどこの伝統文化への負の影響が懸念される為、2022年7月1日にユネスコ本部で開催された第5回臨時無形文化遺産委員会で「緊急保護リスト」に緊急登録された。
4-3 世界の記憶
世界の記憶(Memory of the World 略称 MOW)については、「ユダヤ民族の民俗音楽集(1912?1947年)」(2005年)、「ラズヴィウ年代記とネスヴィジ図書館のコレクション」(2009年)、「ルブリン合同法の記録」(2017年)、「チェルノブイリ原子力発電所事故に関連する記録遺産」(2017年)の4件が登録されている。
世界の記憶は、世界的に重要な記録物への認識を高め、保存やアクセスを促進することを目的に、ユネスコが1992年に開始した事業の総称である。この事業を代表するものとして、人類史において特に重要な記録物を国際的に登録する制度が1995年より実施されてきた。
2022年9月現在、中国の「清王朝の記録」、韓国の「朝鮮王朝史」、オランダの「東インド会社の記録」、ドイツの「ベートーベンの交響曲第九番の草稿」、ノルウェーの「アムンゼンの南極探検」、エジプトの「スエズ運河の史料」など429件が登録されている。
(Collection
of Jewish Musical Folklore(1912-1947))
ユダヤ民族の民俗音楽集(1912?1947年)は、エジソンによる蝋管で録音されたユダヤ民族の民俗音楽の世界でも有数のウクライナ国立ベルナツキー図書館に所蔵されている。コレクションは、各音楽が2~7分の1017シリンダー以上からなり、ウクライナとベラルーシのユダヤ人居住地域で、1912年~1947年に作成された音符や作品の解読のみならず歴史の記録を含むものである。コレクションには、蓄音機で録音された著名なユダヤ人の俳優であるソロモン・ミホエルス、ベンジャミン・ズスキン、レラ・ロンムの音声も収録されている。また、ノトケ・ルーリー
の様な有名な作家の声、有名なヴァイオリニストや作曲家レオ・パルヴァーによって演奏された楽曲も含む。1912年~1947年に蝋管で録音されたユダヤ民族の民俗音楽のコレクションは、ユダヤとウクライナの歴史に大きな影響を与えた。
(2) ラズヴィウ年代記とネスヴィジ図書館のコレクション
(Radzwills’ Archives and Niasvizh(Nie?wie?)Library Collection)
ラズヴィウ年代記とネスヴィジ図書館のコレクションは、リトアニア大公国とポーランド・リトアニア共和国の最も有名な貴族家系であるラジヴィウ家のメンバーによって、15世紀~20世紀につくられた。ラジヴィウ家のメンバーは、プロイセン、ロシア帝国、ポーランド共和国の歴史において、重要な役割を果たした。ラジヴィウ家の私信などのアーカイブは、事実上、リトアニア大公国の国家の記録や条約など公式の記録であった。
(3) ルブリン合同法の記録(The Act of the Union of Lublin document)
ルブリン合同法の記録は、1569年7月1日に成立した制度的同君連合である。これにより、ポーランド王国とリトアニア大公国(14世紀初めにリトアニア大公国を称し、現在のベルラーシとウクライナ北部を支配する大国となる)は、ポーランド・リトアニア共和国に統合された。実質的には、ポーランドによるリトアニアの併合であり、ポーランド・リトアニア共和国は、選挙された一人の君主(ポーランド王・リトアニア大公)・元老院・合同議会(セイム)によって統治されることとなった。これは、リトアニア大公国がモスクワ・ロシアとの戦争(リヴォニア戦争)によって危険な状態にあったことが原因だった。ポーランド・リトアニア共和国の法律は
、1569年7月のポーランドの都市ルブリンでのポーランド王国とリトアニア大公国との議会(セイム)会合で合意された。法律の基盤になったのは、レス・プブリカ (共和国)とも呼ばれるイギリス連邦の公法と1573年のワルシャワ連盟協約に含まれるヘンリク条項であった。この様にして成立したルブリン合同法の記録は、ポーランドの首都ワルシャワにある歴史記録公文書館に所蔵されている。
(4) チェルノブイリ原子力発電所事故に関連する記録遺産
(Documentary Heritage Related to accident at Chernobyl)
チェルノブイリ原子力発電所事故に関連する記録遺産は、1986年4月26日午前1時23分(日本時間同日午前6時23分)、旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所4号機で事故が発生、大量の放射性物質が周辺環境に放出された事故に関連する記録遺産である。事故が発生した原子力発電所は旧ソ連が開発し、旧ソ連国内でしか運転されていないものであった。事故は、外部電源が喪失した場合に、タービン発電機の回転エネルギーにより主循環ポンプと非常用炉心冷却系の一部を構成する給水ポンプに電源を供給する能力を調べる試験を実施しようとしていた最中に原子炉が不安定な状態になり、制御棒を挿入したところ急激な過出力が発生したために生じたものである。事故によって原子炉および原子炉建屋が破壊され、次いで高温の黒鉛の飛散により火災が発生した。火災は鎮火され、引続き除染作業と原子炉部分をコンクリートで閉じ込める作業が実施された。運転員と消火作業に当った消防隊員に放射線被ばくによって計31名が死亡し、発電所の周囲30kmの住民等、約13万5千人が避難し移住させられた。この記録は、首都キーウにあるウクライナ政府アーカイヴに所蔵され、一般に公開されている。
尚、ウクライナのユネスコ遺産の分布図は図表1、世界遺産、世界無形文化遺産、世界の記憶の違いは
図表2の通りである。
ロシア連邦のユネスコ遺産は、1988年?月12日に世界で103番目に世界遺産条約を締約した世界遺産は「サンクト・ペテルブルクの歴史地区と記念物群」、「モスクワのクレムリンと赤の広場」、「カザン要塞の歴史的建築物群」などの文化遺産、「バイカル湖」、「カムチャッカの火山群」などの自然遺産などが30件、世界無形文化遺産は「代表リスト」に「セメイスキエの文化的空間と口承文化」、「オロンホ、ヤク―トの英雄叙事詩」の2件、世界の記憶が「ロシア帝国と18 世紀のコレクション」、「トルストイの個人蔵書、草稿、写真、映像のコレクション」、「1649年の会議法典ウロジェニエ」など14件が登録されている。
「危機にさらされている世界遺産」(World Heritage in Danger 略称 危機遺産)とは、ユネスコの「世界遺産リスト」に登録されている物件のうち、深刻な危機にさらされ緊急の救済措置が必要とされている世界遺産をいう。
危機遺産になった理由としては、地震、台風、津波などの自然災害、民族紛争、戦争、無秩序な開発行為などの人為災害など多様である。世界遺産委員会は、深刻な危機にさらされ緊急の救済措置が必要とされる物件を「危機にさらされている世界遺産リスト」(略称 危機遺産リスト)に登録することができる。
危機遺産リストにも、自然遺産、文化遺産のそれぞれに登録基準が設定されており、危機因子も、危機が顕在化している確認危険と危機が潜在化している潜在危険に大別される。
危機遺産は、2022年9月現在、世界の34の国と地域にわたり、自然遺産が16件、文化遺産が36件の合計52件が登録されている。地域別に見ると、アフリカが15件、アラブ諸国が21件、アジア・太平洋地域が6件、ヨーロッパ・北米が4件、ラテンアメリカ・カリブが6件となっている。図表3
例えば、アフガニスタン、イラク、シリア、リビアなどの世界遺産である。アフガニスタンの世界遺産「バーミアン渓谷の文化的景観と考古学遺跡」は、2001年の旧タリバン政権による破壊行為が原因で2003年に、イラクの世界遺産「アッシュル(カルア・シルカ)」「サーマッラの考古学都市」「ハトラ」は、2003年のイラク戦争が原因で、シリアの世界遺産「古代都市ダマスカス」「古代都市ボスラ」「パルミラの遺跡」「古代都市アレッポ」「シュバリエ城とサラ・ディーン城塞」「シリア北部の古村群」は2011年のシリア内戦が原因で2013年に危機遺産に登録された。リビアの世界遺産「キレーネの考古学遺跡」「レプティス・マグナの考古学遺跡」「サブラタの考古学遺跡」「タドラート・アカクスの岩絵」「ガダミースの旧市街」も2011年からの内戦が原因で2016年に危機遺産に登録された。
「危機遺産リスト」に登録されても、その後、改善措置が講じられ、危機的状況から脱した場合は、「危機遺産リスト」から解除される。一方、一旦解除されても、再び危機にさらされた場合には、再度、「危機遺産リスト」に登録される。一向に改善の見込みがない場合には、「世界遺産リスト」そのものから登録が抹消される。
これまでの登録抹消の事例としては、下記の3つの事例があるが、いずれも、無秩序な開発行為によるものである。
●オマーン「アラビアン・オリックス保護区」(自然遺産 1994年世界遺産登録 2007年登録抹消)
<理由>油田開発の為、オペレーショナル・ガイドラインズに違反し世界遺産の登録範囲を
勝手に変更したことによる世界遺産登録時の完全性の喪失。
●ドイツ 「ドレスデンのエルベ渓谷」
(文化遺産 2004年世界遺産登録 ★【危機遺産】2006年登録 2009年登録抹消)
<理由>文化的景観の中心部での橋の建設による世界遺産登録時の完全性の喪失。
●英国 「リヴァプール-海商都市」
(文化遺産 2004年世界遺産登録 ★【危機遺産】2012年登録 2021年登録抹消)
<理由>19世紀の面影を残す街並みが世界遺産に登録されていたが、その後の都市開発で
歴史的景観が破壊された。
世界遺産を、民族紛争や戦争などの危機から回避していく為には、戦争や紛争のない平和な社会を築いていかなければならない。
7.武力紛争の際の文化財保護条約
ユネスコは2022年3月3日に「国連総会決議採択に伴うユネスコ声明」を発表した。このなかでオードレイ・アズレー事務局長は、「この暴力の激化──子供を含む市民の死者をもたらしている──はまったく容認できない」としつつ、ウクライナの文化財への攻撃を非難、1954年の「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約(ハーグ条約)とその2つの議定書(1954年、1999年)を尊重するよう求めた。
ハーグ条約は、1954年5月にオランダのハーグで採択された。国家間の紛争、国内の紛争いずれにも適用される条約である。正式な条約名は、「武力紛争の際の文化財の保護のための条約」(Convention for the
Protection of Cultural Property in the Event of Armed Conflict) 略称は、「武力紛争の際の文化財保護条約」で、武力紛争の際に文化財を保護する為に、各締約国は、平時においても適切な保護措置をとること、また、武力紛争の際には文化財を尊重すること等を定めている。
第二次世界大戦において、大量の文化財が破壊等の被害にあったことを受けて、武力紛争の際の文化財保護のための包括的な国際の約束として、1954年、「武力紛争の際の文化財保護条約」及び「武力紛争の際の文化財保護議定書」が作成された。その後、各締約国による実行や国際情勢の変化等を踏まえ、1999年、この条約を補足するものとして「武力紛争の際の文化財保護第二議定書」が作成された。
すなわち、
(1)武力紛争の際に文化財を保護するため、各締約国は平時においても適切な保護措置をとるほか、武力紛争の際には文化財を尊重すること等を定める。
(2)特に重要な限られた数の文化財や文化財の輸送について、国際的な管理(「特別の保護」)の下に置く制度を定める。
(3)武力紛争の際に文化財に付される特殊標章(ブルーシールド)について規定する。
(4)各締約国に対して、この条約の違反行為については、自国の通常の刑事管轄権の範囲内で処罰すべき義務を定めること等である。
この条約は、武力紛争の際の文化財保護の分野における基本条約の位置を占めており、2003年のイラク戦争での文化財の破壊、略奪等を背景に、その意義が増している。
また、1990年代以降急速に締約国が増加していると共に、2004年の「武力紛争の際の文化財保護第二議定書」の発効を受けて、本条約等に対する国際的な関心も高まっている。
尚、締約国は、133か国(そのうち1954年の第一議定書にも締約は110か国、1999年の第二議定書にも締約は85か国)である。ウクライナは条約と第一議定書は1957年2月6日、第二議定書は2020年6月30日、ロシア連邦は条約と第一議定書は1957年1月4日に締約しているが、第二議定書には締約していない。わが国については、いずれも2007年9月?日に締約している。
8.今年の世界遺産委員会
ユネスコの世界遺産委員会は、世界遺産条約の第8条に基づいて設置された政府間委員会で、「世界遺産リスト」と「危機にさらされている世界遺産リスト」の作成、リストに登録された遺産の保全状態の監視、世界遺産基金の効果的な運用の検討などを行う。
世界遺産委員会における主要議題は、
●定期報告(地域別の世界遺産保護の状況、フォローアップ等)
●「危機遺産リスト」に登録されている物件のその後の改善状況の報告、
「世界遺産リスト」に登録されている物件のうちリアクティブ・モニタリングに基づく報告
●「世界遺産リスト」および「危機遺産リスト」への新登録候補の審議
●「世界遺産基金」予算の承認と国際援助要請の審議
●グローバル戦略や世界遺産戦略の目標等の審議
世界遺産委員会の委員国は、世界遺産条約の締結国の中から、世界の異なる地域および文化が均等に代表される様に選ばれた21か国によって構成されている。任期は原則6年であるが、4年に短縮できる。2年毎に開催される世界遺産条約締約国総会で改選される。
第45回世界遺産委員会ロシア連邦・カザン会議2022の委員国は、エジプト、エチオピア、マリ、ナイジェリア、オーマン、タイ、ロシア連邦、サウジアラビア、南アフリカ(任期
第42回ユネスコ総会の会期終了<2023年11月頃>まで)アルゼンチン、ベルギー、ブルガリア、ギリシャ、インド、イタリア、 日本、メキシコ、 カタール、
ルワンダ 、セントビンセント及びグレナディーン諸島 、ザンビア(任期 第43回ユネスコ総会の会期終了<2025年11月頃>まで)の21か国である。
世界遺産委員会ビューローは、毎年、世界遺産委員会によって選出された7か国(議長国 1、副議長国 5、ラポルチュール(報告担当国)1)によって構成されている。
第45回世界遺産委員会の議長国は、ロシア連邦で、議長は、ユネスコ全権大使のアレクサンダー・クズネツォフ氏(H.E.Mr Alexander Kuznetsov)、副議長国は、アルゼンチン、イタリア、タイ、南アフリカ、サウジアラビアの5か国、ラポルチュール(報告担当国)は、インドで、シカ・ジャイン氏(Ms. Shikha Jain) (インド)が務める。
世界遺産委員会は毎年開催されるが、今年2022年の第45回世界遺産委員会は、当初6月19日から30日まで、ロシア連邦のカザン市で開催される予定であったが、ウクライナ情勢のこともあり延期されている。
通常であれば、イラクやシリアの様に、ウクライナにある世界遺産は「危機にさらされている世界遺産リスト」への登録が議題の一つになり、21か国からなる委員国によって登録の可否の審議が行われ、議長国が決議する。
昨年2021年7月の第44回世界遺産委員会中国・福州会議で決まった今年2022年の世界遺産委員会の開催地それに議長国はロシア連邦であり、たとえ、副議長国がこの議題の審議の議長を代行したとしてもありえない構図になっている。
「戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」(That since wars begin in the minds of men, it
is in the minds of men that the defenses of peace must be constructed.)。
世界中のさまざまな風習や文化の相互理解を通して国際平和を実現することがユネスコの本来の目的である。
ユネスコなど国際機関は、基本的には、当時国間の対話を重視しているが、たとえ、形式的な会合がもたれたとしても、根本的な解決がなかなか図られないのが現実である。
「ウクライナのボルシチ料理の文化」は、当初は、2023年の第18回無形文化遺産委員会で「代表リスト」に登録される予定であったが、多くのウクライナ人が国を離れることを余儀なくされるなど戦争が長引き、この伝統への負の影響が大きい為、ウクライナは、無形文化遺産保護条約の委員国に、無形文化遺産保護条約とこの条約を円滑に履行していく為の運用指示書であるオペレーショナル・ディレクティブス(Operational Directives)に準拠して、極めて緊急のケースとして、ボルシチを「緊急保護リスト」に登録する為に迅速な審議をユネスコに依頼、2022年7月1日にユネスコ本部で第5回臨時無形文化遺産委員会が開催され「緊急保護リスト」へ登録することを決議した。
「緊急保護リスト」は、地域社会、或は、無形文化遺産保護条約の締約国の最善の努力にもかかわらず存続が危機的状況にある無形文化遺産を保護する為に注意を喚起することを目的にしている。「緊急保護リスト」に登録することによって、利害関係者にとっては保護行動計画を実現する為の国際協力や援助を引き出すことができる。
その決定のなかで、無形文化遺産委員会は「武力紛争はウクライナのボルシチ料理の文化の存続を脅かした。人々は ボルシチを料理したり材料の野菜類を育てることができないばかりか、社会的、文化的にも、地域社会を弱体化させる」との見解を示した。
ウクライナで戦争が始まってから、ユネスコは、その使命に従って、文化、教育の分野のみならずジャーナリストの保護など一連の救急措置を講じてきた。無形文化遺産委員会の委員国のイニシャティブは、戦争で影響を受けているウクライナの民衆に寄りそうユネスコの見解と一致するものと言える。
10.結論
ユネスコ遺産は、単にユネスコの「世界遺産リスト」、世界無形文化遺産の「代表リスト」や「緊急保護リスト」、「世界の記憶リスト」に登録され国際的な認知を受けることが目的ではなく、世界遺産、世界無形文化遺産、世界の記憶をあらゆる脅威や危険から守るために、その重要性を広く世界に呼びかけ、保護・保存のための国際協力を推し進めていくことが基本的な考え方である。
2022年は、ユネスコの世界遺産条約が1972年に採択されて50年になる記念すべき年である。また、来年の2023年は無形文化遺産保護条約が2003年に採択されてから20周年を迎える。
「ウクライナのボルシチ料理の文化」は2023年の第18回無形文化遺産委員会の候補であったにもかかわらず、2022年7月1日にユネスコ本部で開催された第5回臨時無形文化遺産委員会で緊急登録された。
こうした機会に、特に、緊急的な保護措置を機動的に履行できる世界遺産条約のオペレーショナル・ガイドラインズに基づく「危機遺産リスト」や無形文化遺産保護条約のオペレーショナル・ディレクティブズに基づく「緊急保護リスト」の緊急登録など弾力的な運用を望みたい。
参考URL
https://en.unesco.org/programme/mow
https://en.unesco.org/protecting-heritage/convention-and-protocols/1954-convention
https://en.unesco.org/protecting-heritage/convention-and-protocols/states-parties
参考文献
古田陽久 2022年2月 ユネスコ遺産ガイド―世界編―総合版 シンクタンクせとうち総合研究機構
〃 2021年4月 ユネスコ遺産ガイド―日本編―総集版 シンクタンクせとうち総合研究機構
〃 2020年10月 世界遺産ガイド―未来への継承編― シンクタンクせとうち総合研究機構
〃 2022年3月 世界遺産ガイド―ウクライナ編― シンクタンクせとうち総合研究機構
〃 2012年4月 世界遺産ガイド―ロシア編― シンクタンクせとうち総合研究機構
〃 2021年9月 世界遺産データ・ブック 2022年版 シンクタンクせとうち総合研究機構
〃 2022年3月 世界無形文化遺産データ・ブック2022年版 シンクタンクせとうち総合研究機構
〃 2018年1月 世界の記憶データ・ブック―2017~2018年版― シンクタンクせとうち総合研究機構
〃 2021年9月 世界遺産事典―1154全物件プロフィール―2022改訂版 シンクタンクせとうち総合研究機構
〃 2022年3月 世界無形文化遺産事典2022年版 シンクタンクせとうち総合研究機構
〃 2020年7月 世界遺産キーワード事典 2020改訂版 シンクタンクせとうち総合研究機構
〃 2013年2月 世界遺産ガイド―人類の負の遺産と復興の遺産編― シンクタンクせとうち総合研究機構
〃 2015年7月 世界の記憶遺産60 幻冬舎
Ukraine's UNESCO Heritage
FURUTA Haruhisa
Researcher of UNESCO Heritage
Summary
Ukraine
is in the crisis due to the military invasion of the Russian Federation. From
the perspective of studying "UNESCO Heritage" ("World
Heritage", "World Intangible Cultural Heritage", "Memory of
the World") for many years, Ukraine's UNESCO
Heritage sites are rarely mentioned in the media. First of all, it is important
to know these properties .
In this
paper, what kind of country is Ukraine, what kind of international organization
is UNESCO, and the UNESCO heritage of Ukraine, which is the main subject, that
is, "World Heritage" which has "outstanding universal
value" worldwide. What kind of things are registered in the "World
Intangible Cultural Heritage" that is being lost due to globalization, the
aging of the bearers, the difficulty of successors, and the "Memory of the
World" that we human beings must not forget. I also want to know about the
UNESCO heritage of the Russian Federation.
Next, we
will review the cases of World Heritage Sites such as Afghanistan, Iraq, Syria,
and Libya that are inscribed in the " List of
World Heritage in Danger " due to "war" and
"conflict", and in the event of an armed conflict. In order to
protect cultural properties, the State Parties stipulate that appropriate
measures should be taken in normal times and that cultural properties should be
respected in the event of an armed conflict. (Hague Convention), this year's
45th World Heritage Committee was originally scheduled to be held in Kazan, the
Russian Federation, June 19-30, 2022. The Presidency of the Russian Federation
has had to postpone one of the bills from the unusual situation of deliberation
on whether Ukraine's World Heritage Sites can be inscribed on the " List
of World Heritage in Danger ".
Finally,
reconsider the role that international organizations such as UNESCO should play
during the war. What should we do to protect the UNESCO heritage as well as
"human life" ?
"
Culture
of Ukrainian borscht cooking " was a candidate for the 18th Intangible
Cultural Heritage Committee in 2023. Nevertheless, as it was urgently inscribed
at the 5th Extraordinary Intangible Cultural Heritage Committee held at UNESCO
Headquarters on July 1, 2022, in particular, urgent
protective measures can be flexibly implemented. I would like to see
flexible operations such as emergency inscription of the" List of
World Heritage in Danger " and " Urgent
Safeguarding List ".
Key
words: Ukraine, UNESCO, Russian
Federation, World Heritage, World
Intangible Cultural Heritage,
Memory of
the World , World Heritage in Danger, Cultural
Property Protection Treaty in the Event of Armed Conflict, urgent
protective measures
古田 陽久 <参考文献>「世界遺産ガイドーウクライナ編―」 シンクタンクせとうち総合研究機構 2022年3月31日 |
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