第36回世界遺産委員会サンクトペテルブルク会議 マリの2件、紛争激化で危機遺産登録 パレスチナの「イエスの生誕地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼の道」投票の結果、緊急登録 世界遺産は、26増で、962件(自然遺産 188 複合遺産 29 文化遺産 745) 文化遺産 課題を残した専門評価と委員会決議との隔たり 世界遺産初出国は、チャド、コンゴ、パラオ、パレスチナ 危機遺産は、5増 2減で、38物件 2013年の第37回世界遺産委員会の開催地は、カンボジアの首都プノンペン |
毎年開催されるユネスコの世界遺産委員会は、私たち、世界遺産の研究者にとって、新年を迎える様な新たな気持ちにさせられる。 今年の第36回世界遺産委員会(議長:エレノア・ミトロファノワ氏 ロシアのユネスコ全権大使)は、2012年6月24日から7月6日まで、ロシア連邦のサンクトペテルブルク市にある、ロシアの女帝エカテリーナ2世とタヴリーチェスキー公爵ゆかりのタヴリーチェスキー宮殿(タヴリーダ宮殿)で、開催された。 委員国は、アルジェリア、カンボジア、コロンビア、エストニア、エチオピア、フランス、ドイツ、インド、イラク、日本、マレーシア、マリ、メキシコ、カタール、ロシア連邦、セネガル、セルビア、南アフリカ、スイス、タイ、アラブ首長国連邦の21か国で、ビューロー・メンバーは、議長国がロシア連邦、副議長国がフランス、 マレーシア、メキシコ、南アフリカ、 アラブ首長国連邦、ラポルチュールは、メキシコが務めた。 今年は、ユネスコが世界遺産条約を採択して40年、日本が世界遺産条約を締約して20年になる記念すべき節目の年であり、「世界遺産条約の持続可能な発展」に焦点があてられた記念すべき世界遺産委員会になった。 今年から、世界遺産委員会の審議の様子は公開、世界のどこからでもライブで聴けるようになったが、現地での世界遺産委員会に参加することにした。 まず、今回の世界遺産委員会では、既に「世界遺産リスト」に登録されている105物件の保護管理状況、「危機にさらされている世界遺産リスト」に登録されている35物件の保護管理の進捗状況が報告された。 この結果、次の5件が、新たに「危機にさらされている世界遺産リスト」に登録された。 ★イエスの生誕地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼の道(パレスチナ) 2012年世界遺産登録 文化遺産 【緊急登録】 ★トンブクトゥー(マリ) 1988年世界遺産登録 文化遺産 ★アスキアの墓(マリ) 2004年世界遺産登録 文化遺産 ★パナマのカリブ海沿岸のポルトベロ-サン・ロレンソ要塞群(パナマ) 1980年世界遺産登録 文化遺産 ★リヴァプール海商都市(英国) 2004年世界遺産登録 文化遺産 こうしている間にも、マリ北部での紛争が激化、武装勢力によるトンブクトゥーでの破壊行為が国際ニュースで報じられた。これを受けて、エレノア・ミトロファノワ議長は、7月2日、「トンブクトゥーへの破壊行為の非難と保全可能な対策を講ずる」旨の決議を採択した。 そして、マリ政府も、1954年のハーグ条約第二議定書(1999年3月26日 武力紛争の際の文化財保護第二議定書)への加盟も表明し、また、世界遺産委員会も、近隣諸国に対して、武力紛争の影響で、マリの文化財が流出しないよう要請した。 また、6月24日に、コンゴ民主共和国の世界遺産「オカピ野生動物保護区」(1996年登録 1997年危機遺産登録)で起きた密猟者によるレンジャーなど7人の殺害と保護事務所の破壊行為に対してユネスコは緊急アピールを採択、義援金の募集を開始した。 一方、次の2件が、危機状況を脱した為、「危機にさらされている世界遺産リスト」から削除されました。 ☆ラホールの城塞とシャリマール庭園(パキスタン) 1981年世界遺産登録 文化遺産 2000年★危機遺産登録 ☆フィリピンのコルディリェラ山脈の棚田 1995年世界遺産登録 文化遺産 2001年★危機遺産登録 従って、危機遺産の数は、5増2減で、38件<危機遺産比率(危機遺産の数/世界遺産の数)=3.95%(昨年3.73%)>になった。 世界遺産や危機遺産の保護管理状況の報告を聴いていて、毎年思うのは、当該世界遺産地の人々が、当該世界遺産の価値を理解し、様々な脅威や危険に対して、どの様に向きあうか、地震や津波のように不測の危険もあるが、それらの脅威や危険から世界遺産を守る為に、試行錯誤はあるにしても、遺産管理の経験を積み、保全の努力を継続し未来世代へと継承していくことがいかに大切かということである。 エレノア・ミトロファノワ議長が、開会時に述べられたように、「世界遺産の持続可能な発展」の為の主人公は、地元民が中心なんだと、改めて、思った。 次に、今回の世界遺産委員会での「世界遺産リスト」への新登録の審議対象物件は、当初、38件、その内、2件が事前撤回、そして、また、3件が事前撤回し、審議された物件は、33件であった。 新しく、世界遺産リストに登録された物件数は、26件(自然遺産 5、複合遺産 1、文化遺産 20)で、世界遺産の数は、962件(自然遺産 188、複合遺産 29、文化遺産 725)になった。 【自然遺産関係】 5 専門機関の事前評価 → 世界遺産委員会の審議の結果 ●チャド Lakes of Ounianga; I → I ●中国 Chengjian Fossil Site; I → I ●コンゴ、カメルーン、中央アフリカ Sangha Trinational; I → I ●インド Western Ghats; D → I ●ロシア連邦 Lena Pillars Nature Park. D → I 【複合遺産関係】 1 ●パラオ Rock islands Southern Lagoon; I/R → I/I 【文化遺産関係】 20 ●イスラエル Sites of Human Evolution at Mount Carmel: The Nahal Me’arot / Wadi el-Mughara caves; N/I → N/I → 文化遺産 ●バーレン Pearling, testimony of an island economy; I → I ●ベルギー Major Mining Sites of Wallonia; I → I ●ブラジル Rio de Janeiro, Carioca Landscapes between the Mountain and the Sea; R → I ●カナダ Landscape of Grand Pré; I → I ●中国 Site of Xanadu; I → I ●コート・ジボアール Historic Town of Grand-Bassam; R → I ●フランス Nord-Pas de Calais Mining Basin; I → I ●ドイツ Margravial Opera House Bayreuth; I → I ●インドネシア Cultural Landscape of Bali Province: The Subak System as a Manifestation of the Tri Hita Karana Philosophy; I → I ●イラン Masjed-e Jāmé of Isfahan; D → I ●イラン Gonbad-e Qābus; I → I ●マレーシア Archaeological Heritage of the Lenggong Valley; D → I ●モロッコ Rabat, modern capital and historic city: a shared heritage; I → I ●パレスチナ 【緊急】Birthplace of Jesus: Church of the Nativity and the Pilgrimage Route, Bethlehem; N → I(投票) ●ポルトガル Garrison Border Town of Elvas and its Fortifications; R → I ●セネガル Bassari Country: Bassari, Fula and Bedik Cultural Landscapes; R → I ●スロヴェニア/スペイン Heritage of Mercury. Almadén and Idrija; I → I ●スウェーデン Decorated Farmhouses of Hälsingland; R → I ●トルコ Neolithic site of Çatalhöyük; R → I (参考)専門機関による4つの評価区分 I(Inscription)=登録勧告(決議) 世界遺産リストに登録すべきもの。 R(Referral)=情報照会勧告(決議) 追加情報の提出を求めた上で次回以降に再審議するもの。 D(Deferral)=登録延期勧告(決議) より綿密な調査や推薦書の本質的な改定が必要なもの。推薦書を再提出した後、約1年半をかけて再度諮問機関の審査を受ける必要がある。 N(Not to inscribe)=不登録勧告(決議) 登録にふさわしくないもの。(世界遺産委員会で不登録決議となった場合、例外的な場合を除き再推薦は不可。従って、事前評価でNとなったものについては、事前撤回する締約国が多い) 今年の注目物件は、2011年10月31日にユネスコに加盟、同年12月8日に世界遺産条約を批准したパレスチアの緊急保護を要する「イエスの生誕地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼の道」、それに、チャド、コンゴ、パラオの初出国からの登録物件が注目された。 パレスチナの「イエスの生誕地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼の道」については、ICOMOSは、「不登録」を世界遺産委員会に勧告しました。従って、パレスチナは、事前撤回するのか注目されたが、事前撤回はせず、世界遺産委員会での審議の対象になった。 エレノア・ミトロファノワ議長は、世界遺産委員会の委員国21か国の投票による決議とし、投票の方法としては、世界遺産委員会規則41の秘密投票(Secret ballot)を採用、その結果、有効投票数 19、白票 2、賛成票 13票、反対票 6票、有効投票数の3分の2以上=12票以上の賛成が得られた為、「世界遺産リスト」への緊急登録を決議した。 ※秘密投票の結果について、「エルサレム・ポスト」は、次の様に報じている。 白票 カンボジア、タイ 賛成票 アルジェリア、フランス、インド、イラク、マレーシア、マリ、メキシコ、カタール、ロシア、セネガル、セルビア、南アフリカ、アラブ首長国連邦 反対票 エチオピア、日本、スイス、エストニア、コロンビア、ドイツ 今回の委員会で感じたことは、IUCNやICOMOSの事前評価が大変厳しかったのにもかかわらず、委員会の裁量が寛容だったことが挙げられる。新しく登録された26件のうち、自然遺産関係では、専門機関のIUCNの事前評価と委員会決議とが一致したのは、5/7(含む複合遺産関係)=約71%、文化遺産関係では、専門機関のICOMOSの事前評価と委員会決議とが一致したのは、11/21(含む複合遺産関係)=約52%と、専門機関の事前評価と委員会決議との間に隔たりを感じた。 世界遺産委員会のグローバル・ストラテジーの一環であろうか、それとも、政治的判断だろうか、良い方向に作用すれば、国際平和を希求するユネスコらしい国際戦略であるとすれば、おおいに、評価したいと思う。 今年は、日本からの候補物件はないが、これから世界遺産登録をめざす自治体関係者の方々と何人か会った。また、パレスチナのこともあってか日本政府関係者では、外務省からの人が例年になく多いように感じた。 また、この世界遺産委員会では、サイド・イベントとして、カザン市で国際ユース・フォーラムなど数々のイベントが開催された。 世界遺産のマップに、新たに、26のドットが加わった。ユネスコ事務局長のイリーナ・ボコバ氏がスピーチされた様に、『世界遺産条約は、新世界地図を描き出した。平和な地図、世界にまたがる文化交流のネットワーク、これは、画期的なアイデア』であると‥‥‥。 まさに至言で、武力ではなく、世界中のかけがえのない自然遺産や文化遺産を通じて、世界平和の構築、実現ができれば、理想的なことである。 来年2013年の第37回世界遺産委員会(議長:ソク・アン氏 カンボジア副首相)は、6月17日から27日まで、カンボジアの首都プノンペンで開催される。2013年の日本からの候補には、「富士山」(Fujisan)と「武家の古都鎌倉」(Kamakura, Home of the Samurai)の2件が挙がっている。 今年の世界遺産委員会に先立ち、ロシアの世界遺産についても、学習しておく必要があると考え、4月に、「世界遺産ガイド-ロシア編-」を発刊致した。 また、ロシアの世界無形文化遺産、それに、世界記憶遺産については、それぞれ、「世界無形文化遺産データ・ブック」、「世界記憶遺産データ・ブック」を発刊している。 第36回世界遺産委員会で、新たに、「世界遺産リスト」に登録された物件の概要等については、シンクタンクせとうち総合研究機構発行の世界遺産シリーズ、「世界遺産データ・ブック-2013年版-」、「世界遺産事典-962全物件プロフィール-2013改訂版」、それに、テーマ別の「世界遺産ガイド-危機遺産編-2013改訂版」等の中で、今後、逐次、ご紹介する。 古田陽久 |