パワフルに逆転登録続出 第38回世界遺産委員会ドーハ会議 ユネスコ世界遺産1000件越える 世界遺産は、26増で、1007件(161か国) (自然遺産 197 複合遺産 31 文化遺産 779) 世界遺産初出国は、ミャンマー 危機遺産は、3増1減で、46物件 カタール、ユネスコに1000万ドル(約10億円)の紛争・自然災害保護基金を寄附 2015年の第39回世界遺産委員会の開催地は、ドイツのボン |
毎年開催されるユネスコの世界遺産委員会は、私たち、世界遺産の研究者にとって、新年を迎える様な新たな気持ちにさせられる。 今年の第38回世界遺産委員会は、2014年6月15日から25日(15日は開会式、25日は閉会式、実質的な審議は、16日~24日)まで、カタールの首都ドーハ(英語:Doha、アラビア語:الدوحة al-Dawha)にあるカタール国立コンベンションセンター(QNCC 日本の建築家磯崎新氏が設計 2011年竣工:カタールの原生樹木「シドラの木」をモチーフにした会議場)で開催された。 2014年5月27日午前9時(現地時間)にカタール航空の本拠地ドーハの新空港、ハマド国際空港もオープンし幸先が良かった。また、FIFAワールドカップも、2022年にカタールで開催されることが決まっており、国の成長力や勢いを感じるのは、私だけではないだろう。 ドーハと言えば、日本人にとっては、1993年10月28日に行われたサッカーのワールドカップ(W杯)米国大会アジア地区最終予選で、日本代表チームが後半ロスタイムに失点し、予選敗退に終わった「ドーハの悲劇」を思い出してしまう。 カタールは、アラビア湾の西岸の半島にあり、数多くの島もあり、サウジアラビア、バーレン、アラブ首長国連邦、イランと国境を接する。カタールの面積は、11,427km2(秋田県よりもやや狭い面積に相当)、人口は、約201.6万人(群馬県よりもやや少ない人口に相当)で、主要産業は、石油と天然ガスである。 歴史的には、18世紀から19世紀にかけてクウェート、アラビア半島内陸部の部族が移住したことによって、現在のカタールの部族構成が成立した。その後、1916年に英国の保護下に入るが、1968年に英国がスエズ以東からの軍事撤退を宣言したことにより、1971年9月3日に、カタールは独立を達成するが、昔からのカタール土着の部族であるサーニ家が首長のポストを独占している。 カタールは、1984年に世界遺産条約を締約(世界で81番目)、世界遺産の数は1つで、18世紀中頃から19世紀末に真珠の交易で繁栄した町の「アル・ズバラ考古学遺跡」が、昨年の2013年に世界文化遺産に登録されている。また、暫定リストには、ホール・アル・ウデイド自然保護区 が登録されている。 (世界無形文化遺産については、2008年に無形文化遺産保護条約を締約(世界で101番目)、世界無形文化遺産の数は1つで、砂漠の伝統的な文化である「鷹狩り、生きた人間の遺産」が「代表リスト」に登録されている。アラブ首長国連邦、サウジアラビア、モロッコ、シリア、韓国、モンゴル、スペイン、フランス、ベルギー、チェコ、オーストリア、ハンガリーと共に共同登録) 今年の世界遺産委員会の委員国は、アルジェリア、コロンビア、クロアチア、フィンランド、ドイツ、インド、ジャマイカ、日本、 カザフスタン、レバノン、マレーシア、ペルー、フィリピン、ポーランド、ポルトガル、カタール、韓国、セネガル、 セルビア、トルコ、ヴエトナムの21か国で、幹事国のビューロー・メンバーは、7か国、議長国がカタール(議長: H.E. Mrs Sheika Al Mayassa Bint Hamad Al-Thani<シーカ・アル・マサヤ・ビント・ハマド・ビン・カリファ・アル・サーニ>氏)、副議長国は、アルジェリア、コロンビア、ドイツ、日本、 セネガルの5か国、報告担当国は、コロンビア(報告担当者: Mr Francisco J. Gutierrez氏)が務めた。 女性議長のシーカ・アル・マサヤ氏の世界遺産委員会の会議の運営管理は、会議の開始時間や発言時間の管理など基本的な議事進行が適切である一方、専門機関の事前評価や決議案に拘わることなく、21か国の委員国の意見を偏りなく丁寧にきくなど、そのパワフルな采配力や判断力は、実に卓越しており感心すると共に、お若いご年齢を知って驚いた。 私の世界遺産委員会への参加は、2003年の第27回世界遺産委員会パリ会議から、毎年、オブザーバー・ステイタスで出席しており、今年で、12回目となった。(今年は、6月15日より早めに出発し22日に帰国した。) 思い起こせば、パリ(フランス)、蘇州(中国)、ダーバン(南アフリカ共和国)、ヴィリニュス(リトアニア)、クライストチャーチ(ニュージーランド)、ケベック・シティ(カナダ)、セビリア(スペイン)、ブラジリア(ブラジル)、パリ(フランス)、サンクトペテルブルク(ロシア連邦)、プノンペン(カンボジア)、ドーハ(カタール)と世界の各地をまわってきたことになる。 今年の世界遺産の候補は、下記の通りで、専門機関のイコモスから登録勧告の評価を得た日本の「富岡製糸場と絹産業遺産群」(Tomioka Silk Mill and Related Sites)などであった。 日本とカタールとの時差は、6時間、「富岡製糸場と絹産業遺産群」の審議は、現地時間の6月21日(土曜日)午前10時32分(日本時間 午後4時32分)頃にICOMOSのプレゼンが始まり午前10時56分(日本時間 午後4時56分)頃に登録決議がなされた。 専門機関のイコモスからの登録勧告の通り、委員国の大多数(18か国)が「世界遺産リスト」に「登録」することに賛成、支持を表明、異論はなかった。登録推薦書類の作成段階でのイコモスとの連携を評価すると共に、今後も、産業遺産分野の登録の促進を望む意見もあった。来年以降、後続する「明治日本の産業革命遺産-九州・山口と関連地域」、「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」にも弾みがつく。 1993年10月28日の1994年アメリカワールドカップ・アジア地区最終予選の日本代表最終戦でのドーハの"悲劇"は「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界遺産登録が実現し"歓喜"に包まれ雪辱を図れた。 下記は、今年の世界遺産委員会での「世界遺産リスト」への新登録(含む【登録範囲の拡大】)にかかわる41件の審議対象物件、専門機関の勧告と世界遺産委員会の決議の帰趨に、今年も注目してみた。 近年の専門機関の勧告は、ユネスコの世界遺産にふさわしいもの、ふさわしくないものの白黒を明確にしていることである。事前評価では、約半数の20件、すなわち、不登録勧告が6件、登録延期勧告が14件と提出された登録推薦書類のコンセプト、ストーリー、構成資産、現状などから評価して、世界的な「顕著な普遍的価値」が認められないと判定されていた。 一方、登録勧告が12件、情報照会勧告が2件、前回以前の世界遺産委員会で情報照会勧告或は登録延期勧告され再チャレンジしたものが4件あった。 世界遺産の数は、2014年5月現在、981件、今回の世界遺産委員会で1000件に達するのは微妙であると思っていたが、意外にも、新登録が26件(専門機関の事前評価では、I=記載(登録)勧告 12件 R=情報照会勧告 2件 D=記載(登録)延期勧告 8件 ※前回以前の世界遺産委員会で情報照会決議或は登録延期決議され再チャレンジしたものが4件)と逆転登録が続出、結果的には、1007件に達した。 今年の候補は、古くからのシルクロードやアンデスの道など「文明・文化の道」、自然の「海域、カルスト、森林」など複数国にまたがるトランスバウンダリー・ノミネーション、主題を構成する複数の資産が、連続的につながるシリアル・ノミネーションの登録をめざす傾向が強かった。 世界遺産の数が、世界第2位の中国の今年の新登録は2件、世界遺産の数は、47(自然遺産 10、複合遺産 4、文化遺産 33)となり、ナンバーワンのイタリアの50(自然遺産 4、文化遺産 46)との差は、3と首位に肉迫している。
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