熊本・緑川流域の石橋群をユネスコ世界遺産に!




 緑川は、熊本県の中央部、熊本平野を貫流している河川です。その水源は、山都町の
三方山(標高1578m)に発し、中流部の御船川や下流部の加勢川、浜戸川、天明新川などを合わせながら、有明海に注いでいます。

 緑川の流域には、山地、森林、平野、湖沼、干潟など様々な自然環境と田や畑などの
農業風景が展開し、そこには、多様な生物と素朴な人間の生活が息づいています。また、この地域は、鎌倉時代から様々な治水事業が行われ、現在もその遺構が数多く残され引き継がれてきています。

 なかでも、この緑川流域には、国の重要文化財に指定されている通潤橋や霊台橋を
はじめとする80基を超える大小様々な個性的なアーチ式の石橋(目鑑橋)が残って
おり、熊本県下にある約320基を代表するシリアル(連続的)な集積は見事です。

 緑川流域の石橋群は、

 1)この地域の急峻な地形。
 2)阿蘇山の噴火によってもたらされた熔結凝灰岩の石材。
 3)布田保之助の様な構想力を持ったリーダーの存在。
 4)江戸時代後期に長崎から伝わったといわれるアーチ式石橋(眼鏡橋)を架ける石工の匠の技。
 5)村の豊かな暮らしを願う惣庄屋が多くいた。
 6)地域住民の協力と理解。

がこれらの連続的な石橋の立地を可能にしたものと思われます。

 なかでも、通潤橋は、江戸時代に石で造られた日本最大のアーチ式の水道橋です。
水不足に悩んでいた白糸台地に農業用水や生活用水を送る為に、矢部の惣庄屋、
布田保之助(1801〜1873年)らが1852年(嘉永5年)に着工、1854年(安政元年)に完成した緑川流域の石橋群を代表するシンボリックな石橋で、その放水シーンは絵の様に美しいです。

 約6km離れた笹原川の上流から水を引き、水路の総延長は約30km、灌漑面積は約42haにも及び、通潤橋の完成後に約100haもの新しい水田が開墾されたといわれています。

 緑川流域の石橋群は、台風や梅雨時の度重なる洪水から地域住民を守り、また、生活や農業の用水として活用をはかる為、多くの先人が知恵と技術を結集して、江戸時代後期
から明治時代前期に建造した石橋の建造物群であり、当時の建築・土木技術の粋を
凝らした傑作であるともいえる文化遺産です。

 その根拠としては、

 一つは、野津石工の三五郎(のちの岩永三五郎)、種山石工の宇助、宇市、丈八
(のちの橋本勘五郎)などの創造的天才(匠)の技と工夫を表わす作品であることです。

 二つは、石橋の建造技術は、江戸時代後期に長崎から伝わったとされ、その技術の
ノウハウが、その後、東京の「万世橋」や「浅草橋」など日本各地での石橋の建造へと
発展したことなど人類の価値の重要な交流を示していることです。

 三つは、肥後の石工の技術の集積があったことなどにより、緑川流域に石橋群が数多く建造されたこと、また、通潤橋や霊台橋などの石橋の景観がこの地域の自然環境や田園
景観と見事に融合していることなど、江戸時代後期から明治時代前期にかけて、日本の
近代産業の黎明期の前後ともいえる重要な時代を例証するものであることです。

 四つは、緑川の急な流れや深い渓谷など流域の困難な地形的特徴を生かした土地利用の顕著な事例であること、また、通潤橋に代表される様に、水不足に悩んでいた白糸台地に農業用水や生活用水を送るなど環境と人間との相互作用を表わしていることです。

 五つは、これらの歴史と伝統が、日本の原風景ともいえる農村の文化的景観を、それに、熊本県無形文化財の清和文楽などの郷土芸能の文化空間を形成し独自の地域風土を醸成しています。有形と無形の文化が見事に融合した失われてはならない、かけがえのない人間の所産であり、人類にとっても保存すべき、アジアを代表する石橋群がある「悠久の石橋の町」なのです。

 熊本県には、3件のユネスコ遺産があります。「明治日本の産業革命遺産」の構成資産である「万田坑」(荒尾市)と「三角西港」(宇城市)、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産である「天草のア津集落」(天草市)の2つの世界遺産、「山・鉾・屋台行事」の構成要素である「八代妙見祭の神幸行事」(八代市)の世界無形文化遺産です。

 熊本県からの次の世界遺産候補としては、火山との共生とその文化的景観を誇る
「阿蘇」(阿蘇市、小国町、高森町)が有望であり、世界遺産暫定リストに記載することが期待されています。

 緑川流域の石橋群も、「阿蘇」に続いての、ユネスコの「世界遺産」にふさわしい「顕著な普遍的価値」
(Outstanding Universal Value=OUV)を有していると思います。

 ユネスコの世界遺産リストに登録される為には、登録基準の1つ以上を満たす必要条件と真正性(オーセンティシティ)、完全性、他の類似物件との比較の十分条件を満たす
必要があります。

 世界的に見ると、橋そのものが世界遺産になっているものについては、スペインの
「セゴビアの旧市街とローマ水道」、英国の「フォース鉄道橋」、イタリアの「カゼルタの18世紀王宮と公園、ヴァンヴィテリの水道橋とサン・レウチョ邸宅」、フランスの「ポン・デュ・ガール(ローマ水道橋)」があります。

 橋を含む歴史地区等が世界遺産になっているものについては、韓国の「昌徳宮」、日本の「日光の社寺」、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」、ヴエトナムの「古都ホイアン」、トルコの「イスタンブールの歴史地区」、スペインの「コルドバの歴史地区」、イギリスの「アイアンブリッジ峡谷」、イタリアの「ローマの歴史地区」、「ヴェネツィアとその潟」、「フィレンツェの歴史地区」、フランスの「ミディ運河」、「アヴィニョンの歴史地区」、「パリのセーヌ河岸」、ドイツの「レーゲンスブルク」、ルクセンブルグの「ルクセンブルグ市街、その古い町並みと要塞都市の遺構」、ベルギーの「ブルージュの歴史地区」、チェコの「プラハの歴史地区」、ハンガリーの「ドナウ川の河岸、ブダ王宮の丘とアンドラシー通りを含むブダペスト」、

 緑川流域の石橋群のシンボルともいえる通潤橋は、1996年に環境庁(現環境省)大気保全局大気生活環境室の残したい「日本の音風景100選」に選定されています。
水栓を抜く「コツコツ」という槌音に始まる感動の予感、栓が抜けた瞬間に迸る水沫、待ち受けた人々から湧き起こる歓声、更に激しい水音は、虹の彩りを描写しながら周辺に広がり、人々の喜びの声とハーモニーを醸し、通潤橋の泰然自若、荘厳なる趣きとが相俟って、「命」溢れる水と音の世界が創出されます。

 こうした音風景は、オーケストラ、コーラス、或は、オペラの舞台として格好のステージになります。国際的な音楽家、世界的な民族(民俗)音楽の演奏家が集まる音楽の祭典など国際的な芸術イベントが開催される文化空間になれば、大変、素晴らしいと思います。

 緑川流域の石橋群の世界遺産登録を考える場合、この地域の独自性と石橋群を取り巻く周辺環境を明らかにし、広域的に周辺の日本棚田百選にも選定されている峰棚田や菅棚田(いずれも上益城郡山都町(旧矢部町))などの水田景観を登録範囲に含め、そこに暮らす人間と自然環境との共同作品ともいえる文化的景観、すなわち、「緑川流域の石橋群と周辺の文化的景観」のシナリオを描いてみてはどうかと思います。

 このことは、まさに、2008年(平成20年)7月28日<2009年(平成21年)7月23日(追加)2010年(平成22年)2月22日(追加)>に文化庁の重要文化的景観に選定された「通潤用水と白糸台地の棚田景観」(山都町)に反映されています。
 
「通潤用水と白糸台地の棚田景観」の選定箇所は、歴史の道百選にも選定されている緑川水運(津留ヶ淵道〜津留ヶ淵勘場跡(山都町)〜岩下地区(美里町)〜鵜ノ瀬堰〜導流堤(甲佐町)〜熊本藩川尻米蔵跡・船着場跡・大渡津(熊本市)〜緑川河口(熊本市・宇土市)です。

 熊本県中央部を西へ流れる緑川は、物資の輸送に利用された水の道です。往時の水路だけではなく、山都町の津留ヶ淵には物資を運んだ石畳の道や勘定場跡も良好に残されています。河口に近い「熊本藩川尻米蔵跡」は国指定史跡です。

 先人が残したかけがえのない英知と努力の結晶である地域遺産を責任をもって保存管理し、そして、観光資源としても有効活用し、未来世代へと継承していくことが重要です。 

 様々なシーンを想定しながら、地域を守り、誇りと思える郷土を未来世代に責任をもってバトンタッチしていかなければなりません。それが、先人たちの子孫への願いにも通じることでしょう。

 そういう思いや願いを込めて作詞したのが「悠久の石橋の町」なのです。


<参考文献>

●「平成17年度地域振興シナリオ推進事業 緑川流域の石橋群認知度アップ事業調査・  
  研究報告書」(熊本県上益城地域振興局 2006年(平成18年)3月)
●誇れる郷土ガイド−九州・沖縄編ー2021年版
 (シンクタンクせとうち総合研究機構 2021年2月)
●ユネスコ遺産ガイド−世界編ー総合版
 (シンクタンクせとうち総合研究機構 2022年2月)
●ユネスコ遺産ガイド−日本編ー総集版
 (シンクタンクせとうち総合研究機構 2021年4月)
●世界遺産ガイド−未来への継承編


<参考URL>

●ユネスコ世界遺産センター  https://whc.unesco.org/
●Cultural Landscapes https://whc.unesco.org/en/culturallandscape/  
●文化遺産オンライン 通潤用水と白糸台地の棚田景観     
 https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/174115
●緑川流域 石橋虎の巻     
 https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/life/89805_125743_misc.pdf 
●石匠館     
 https://www.city.yatsushiro.lg.jp/kankou/kiji003102/index.html
●世界遺産と総合学習の杜     
 http://www.wheritage.net/stone_bridges_of_the_midori_river_basin.html

 (シンクタンクせとうち総合研究機構 2020年10月)





  悠久の石橋の町


 一 春風清か 霊台橋に  
   船津峡の 桜が吹雪く
   過ぎゆく歳月よ 町は変れど  
   砥用の石橋 昔のままで
  
   この町に生まれ 育ったわたし  
   肥後の緑川は心のふるさと 
   誇れる石橋の町

 二 水音爽やか 通潤橋を  
   矢部の川辺に 陽炎もえる
   清和の村も 山都の町に  
   白糸台地に 木魂す槌音

   この町に生まれ 育ったわたし  
   肥後の緑川は心のふるさと 
   誇れる石橋の町

 三 君を見送る 二俣橋の  
   福良渡が 心に懸かる
   別れる人よ また会う日まで  
   中央の思い 美里に継いで

   この町に生まれ 育ったわたし  
   肥後の緑川は心のふるさと 
   誇れる石橋の町

   Written by FURUTA Haruhisa(古田 陽久
   作曲は、寺沢希先生(合唱指揮者・作曲家)
   にお願いしました。


 シンクタンクせとうち総合研究機構 事務局 sri@orange.ocn.ne.jp



















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