危機遺産対策こそが世界遺産条約の本旨

 

 2012年の第36回世界遺産委員会サンクトペテルブルク会議で、新たに、世界的に「顕著な普遍的価値」を有する26の物件が「世界遺産リスト」に登録され、世界遺産の数は、自然遺産が188物件、文化遺産が745物件、複合遺産が29物件、合計で962物件になった。

 また、この内、深刻な危機にさらされ緊急の救済措置が必要とされている「危機にさらされている世界遺産」(World Heritage in Danger 通称 危機遺産)には、新たに5物件が登録され、2物件が解除され、「危機にさらされている世界遺産リスト」に登録されている物件は、自然遺産が17物件、文化遺産が21物件の合計で38物件になった。

 危機遺産になった原因や理由としては、大地震、豪雨などの自然災害、地域紛争、密猟、無秩序な開発行為などの人為災害など多様であり、コンゴ民主共和国の様に、5つある世界遺産が、紛争、難民、貧困など社会構造上の問題を背景に、全て危機遺産になっている極端なケースもある。

 危機遺産になると、毎年、世界遺産委員会で、保護管理の改善状況について、当事国からの報告が求められ、保護管理の改善措置が講じられ、危機的な状況から脱した場合は、危機遺産リストから解除される。
 一方、一向に改善の見込みがない場合には、「世界遺産リスト」そのものから抹消されることになり、当事国にとっては、大変、不名誉なことになる。


 これまでに二つの抹消事例がある。一つは、オマーンの「アラビアン・オリックス保護区」(自然遺産)、もう一つは、今年の世界遺産委員会で抹消となったドイツの「ドレスデンのエルベ渓谷」(文化遺産)である。

 前者は、世界遺産の登録範囲内での鉱物資源開発を政府が、後者は、交通渋滞解消の為の橋の建設を市民が優先させたことによる都市景観問題で、世界遺産登録時の状況から変化し、世界遺産としての完全性が損なわれ、その価値が失われたことによる。

 このことは、強制力のない世界遺産条約の履行指針、それに、専門機関のIUCN(国際自然保護連合)やICOMOS(国際記念物遺跡会議)の勧告の無力さを露呈することにもなった。

世界遺産条約の成立は、水没の危機にさらされたエジプトのヌビア遺跡群の国際的な救済キャンペーンなどが源流となった様に、その本旨は、危機遺産対策であると言っても過言ではない。

人類共通の財産である世界遺産を取り巻くあらゆる脅威や危険から守っていく為には、常日頃からの監視活動を強化すると共に、不測の事態にも対応できる危機管理が必要である。この考え方は、世界遺産に限らず、ふる里の貴重な地域遺産を守っていくことにも共通する。

 

 

            世界遺産総合研究所 所長 古田陽久(ふるたはるひさ)

第6次改訂 2012年12月1日
第5次改訂 2009年8月23日
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第1次改訂 2004年8月5日






















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