日本の主要な産業・技術関連遺産







都道府県 物 件 名
 北海道 夕張炭鉱,小樽運河倉庫群,旧国鉄根北線越川橋梁,士幌線第三音更川橋梁
 青森県 盛田牧場一号厩舎
 岩手県 釜石鉱山,小岩井農場本部事務所,旧東北砕石工場
 宮城県 細倉鉱山,青下第1ダム,石井閘門
 秋田県 藤原水源地水道施設,尾去沢鉱山,小坂鉱業所事務所
 山形県 米沢駅の機関車庫,掏粹巧芸館日本館
 福島県 高玉金山,向瀧客室棟
 新潟県 佐渡金銀山,鳴海金山,水道タンク,旧新潟税関庁舎
 茨城県 日立鉱山煙突,横利根閘門,栃原金山,水戸市水道低区配水塔
 栃木県 足尾銅山,足利模範撚糸合資会社建物
 群馬県 碓井峠鉄道施設,富岡製糸工場,旧日本絹撚事務所棟,元宿浄水場急速濾過場
 埼玉県 日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造,蔵づくり商家
 千葉県 柳原樋門,旧勧業銀行本店,新井時計店
 東京都 日本銀行本店本館,明治生命保険相互会社本社本館,旧板橋火薬製造所
 神奈川県 旧横浜船渠株式会社第二号船渠(ドック),旧横浜居留地煉瓦造下水道マンホール
 山梨県 鹿留発電所うそぶき水路吐口部,駒橋発電所落合水路橋,笹子隧道
 長野県 読書発電所施設,今井御小休本陣主屋
 岐阜県 旧八百津発電施設,羽根谷砂防堰堤(第一堰堤),五六閘門
 静岡県 韮山反射炉,戸肥金山,清水港テルファー,天竜浜名湖鉄道機関車転車台
 愛知県 明治用水旧頭首工,名古屋港跳上橋(旧1・2号地間運河可動橋),旧カブトビール工場建屋
 三重県 四日市旧港港湾施設,紀州鉱山
 富山県 富岩運河水閘施設(中島閘門),旧下山発電所
 石川県 尾小屋鉱山,旧陸軍金沢偕行社,白銀屋旅館本館
 福井県 旧森田銀行本店,三宅区火の見やぐら
 滋賀県 大津市南郷の旧洗堰,旧藤井家住宅,旧安土巡査駐在所
 京都府 舞鶴市煉瓦建造物,琵琶湖疏水第一隧道竪坑
 大阪府 旧天王貯水池跡,旧柴島浄水場送水ポンプ場
 兵庫県 生野銀山,明延鉱山,多田銀山,神戸市水道局布引五本松堰堤(布引ダム)
 奈良県 旧奈良県物産陳列所,南都銀行本店,古梅園店舗
 和歌山県 西村記念館(旧西村家住宅)
 鳥取県 六尾反射炉跡,小川酒造主屋,旅館大橋本館
 島根県 石見銀山遺跡,たたら製鉄,かんな流し設備,鳥上木炭銑工場
 岡山県 柵原鉱山,吹屋銅山,下村紡績所跡,大多府漁港元禄防波堤
 広島県 本庄水源地堰堤水道施設,呉市水道局宮原浄水場低区配水池,ホフマン式輪窯
 山口県 萩反射炉,旧桃山一号配水池監視廊入口,桃山配水計量室,沖ノ山電車竪坑石垣
 徳島県 徳島市水道局佐古配水場ポンプ場
 香川県 高松市水道資料館歴史館(旧ポンプ室)・PR館(旧事務室),満濃池樋門
 愛媛県 別子銅山採掘所跡地,長浜大橋,道後温泉本館
 高知県 畠中家住宅(野良時計)主屋
 福岡県 三井石炭鉱業株式会社三池炭鉱宮原坑施設,旧万田坑施設,門司港,東田第一高炉
 佐賀県 与賀神社石橋,微古館
 長崎県 ホゲット石鍋制作遺跡,高島炭鉱遺跡
 熊本県 三井石炭鉱業株式会社三池炭鉱旧万田坑施設,三角西港の石積み,シモレン煉瓦窯
 大分県 白水溜池堰堤水利施設,安心院反射炉跡,旧耶馬渓鉄道平田駅ホーム
 宮崎県 鯛生金山,黒北発電所,めがね橋
 鹿児島県 石井手用水路,串木野鉱山
 沖縄県 仲村渠樋川,旧円覚寺放生橋,天女橋




(参考) 戦後の日本の鉄道略史
1949年 6月 1日 日本国有鉄道設置
1949年 9月15日 東京・大阪間に特急「へいわ」号運転開始
1950年 1月 1日 「へいわ」号を「つばめ」号と改称
1950年 5月11日 東京・大阪間に特急「はと」号運転開始
1956年11月19日 東海道本線全線電化完成
特急”つばめ” (東京〜大阪間 7時間30分)
1957年 5月25日 鉄道技術研究所、東京・大阪間3時間の超特急列車構想を発表
1958年11月 1日 東京・大阪・神戸間に特別急行列車「こだま」号の運転を開始
特急”こだま”(東京〜大阪間 6時間30分)
1964年 9月24日 東海道新幹線東京・新大阪間開業
新幹線”ひかり”(東京〜大阪間 3時間10分)
1966年 4月20日 国鉄全線にATS装置を設置完了、全列車ATS運転となる
1972年 3月15日 山陽新幹線新大阪・岡山間開業
1975年 3月10日 山陽新幹線岡山・博多間開業
1982年 6月23日 東北新幹線大宮・盛岡間開業
1982年11月15日 上越新幹線大宮・新潟間開業
1985年 3月14日 東北・上越新幹線上野・大宮間開業
1987年 4月 1日 日本国有鉄道の分割民営化実施,6旅客鉄道株式会社 (北海道,東日本,東海,西日本,四国,九州)発足
NHKプロジェクトX 第7回 2000年5月9日放送「執念が生んだ新幹線」
〜老友90歳・戦闘機が姿を変えた〜

 「東京―大阪3時間への可能性」。1957年(昭和32年)5月,国電の車内に張り出された講演会の吊り広告が戦後日本最大のプロジェクト「新幹線」建造の道を開くことになった。
 この講演会は,国鉄鉄道技術研究所にいた旧陸海軍出身の技術者たちが中心となって企画したものであった。中心人物の一人,三木忠直は戦時中,爆撃機の設計を行っていた航空技術者。人の命を奪うための技術開発に心を痛めていた三木は,戦後,「人の役に立つものを作りたい」と鉄道技術研究所に入所。「飛行機」の理論を「鉄道」に持ち込み,「夢の超特急」を設計する。この計画は,当初国鉄内部では「非現実的」と受け入れられなかったが,講演会の発表が世論を動かし,翌年,新幹線プロジェクトが動き出す。
 流線型の車体,振動を吸収する新型の台車,ATC(自動列車制御装置)…。旧陸海軍出身の技術者は次々に新しい技術を開発し,昭和38年,新幹線は、世界最高速度256km/hを記録。新幹線は世界に日本の技術の高さを見せつけると同時に,欧米の鉄道界をも劇的に変えていく。
 戦争の負の記憶を心に秘めながら,戦後,「新幹線」に第2の人生を賭けた技術者たちの姿が描かれている。
(本文の出所:NHK番組紹介から)

※このドキュメンタリー番組は再放送をしていることもある。新幹線誕生のドラマを知リ,学ぶ題材としては最適だと思う。

















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